俺様御曹司の契約妻になったら溺愛過剰で身ごもりました
「あっ」

 ようやく気がつき、日菜子は椅子から立ちあがり彼に頭をさげた。

「金曜日は送っていただきありがとうございました! お礼をすっかり失念していて、申し訳ございませんでした」

 急に降って湧いた縁談に驚き、週明けに彼に礼を言うのを忘れていたのだ。

(菓子折り……はさすがにいらないわよね?)

 友達のいない日菜子はこの辺りの感覚にいまいち自信が持てない。

 日菜子の言葉を受けた善は微妙な顔になった。

「俺、そんな恩着せがましい男に見えるか? ちょっと車で送ったくらいで礼を言えなんて思ってないが」
「え? でも、これ以外にはなにも――」
「ま、いいや。またな」

 なんだか意味ありげな笑みを残して、彼はフロアを去っていった。

(社長って、ちょっと変わってる? それとも私のコミュニケーション能力の問題? よくわからないわ)

 頭を悩ませながら、日菜子はもう一度椅子に座り直す。すると、隣の南が椅子ごと近づいてきて、ささやく。

「日菜子ちゃん。善に送ってもらったの?」
「はい。先週の金曜日、ちょっと残業で遅くなってしまって……」
「善の車で?」

 南は驚いた顔をしている。考えてみたら、ボスに運転手をさせるのは問題だったかもしれない。南はそれを注意しようとしているのだろう。そう思って謝罪しようとしたが、どうも違うらしい。南は楽しそうに目を細めた。

「へぇ~、珍しいこともあるのね」
「珍しい……んですか?」
「うん! 善って社交的だけど、自分のテリトリーは死守するタイプだから。日菜子ちゃんには気を許してるのね」
「それは、ないと思います」

 面と向かって生理的に無理などと言ってしまったし、確実に好かれてはいないだろう。それに、日菜子の目から見れば善と南のほうがよほど特別な間柄に思える。仕事でも阿吽の呼吸といったやり取りを見せることもしばしばで……。

(恋人って雰囲気ではないけど、すごく信頼し合っている感じ……そういう相手がいるって、少しうらやましい)
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