俺様御曹司の契約妻になったら溺愛過剰で身ごもりました
『縁故採用の役立たず』と言われないよう、CADオペレーターの民間資格を取得し、即戦力になれるようがんばった。けれど……『役立たず』とは言われなかったものの『やりづらいなぁ……』という周囲の感情はヒシヒシと伝わってきた。
 新人の仕事であるはずの資料準備や飲み会の幹事は、日菜子には回ってこない。

(ていうか、飲み会自体に呼んでもらえなかったのよね)

 いつまで経っても、上司からも同僚からも面倒なお客さま扱いされるのが苦しくて、転職を決意したのだ。反対する両親を強引に説得し、自分で中途採用の仕事を探して面接を受けた。ようやく採用してくれたのが、今日から働くことになるルーブデザインだった。

「がんばろう。仕事だけじゃなくて、ランチに誘われるような人間になるんだから!」

 両手をぎゅっと握り締めて、決意をあらたにした。

 自分が無表情で愛想がないことは自覚している。

『まぁ、お行儀がいいのね。さすが氷堂のお嬢さま!』

 子どもの頃はそんなふうに褒められるのがうれしかった。大企業のトップとしてバリバリ働く父に憧れて……自分もみんなの望む〝氷堂家のお嬢さま〟になろうとがんばった。

 ワガママを言わず、どんなときも冷静沈着に――。

(がんばりすぎたのかな? いや、もともとの性格?)

 気がついたら、感情を表に出すのがひどく苦手な人間に成長していた。誰に対しても公平であろうと心がけた結果、人との距離感がわからなくなり、親しい友達もできなかった。
 ひとりだけ、信頼できると思った相手もいたけれど……三年前にそれはただの幻想だったと突きつけられた。

(こんなふうになりたかったわけじゃないのに……人生って難しい)

 でも、落ち込んでばかりもいられない。この転職はそんな自分を変えるための第一歩でもある。いい機会だからと実家を出て、ひとり暮らしも始めた。
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