合意的不倫関係のススメ
EP.11「愛する人」
今日の夕飯は豚汁にした。それに買ってきた巻き寿司と、常備菜を数品。少し甘めの味付けにした白味噌の豚汁は、身体を芯から温めてくれる。すりおろし生姜をたっぷり入れたのも、正解だったようだ。
「って言ったら先輩が…」
「……」
「茜?おーい、大丈夫?」
目の前でひらひらと手を振られ、私ははっと我に返る。手に持っていたお椀を落としそうになって、慌ててテーブルの上に置いた。
「どうしたの?体調悪い?」
「ううん、大丈夫」
「ボーッとしてるの珍しいね」
「昨日眠れなかったから」
他意はなかった。咄嗟に選んでしまった言い訳を、蒼の表情を見た瞬間に後悔する。
「ちょっとがっつき過ぎた?ごめん」
「違うの、そうじゃなくて」
昨夜の情事の所為だと勘違いさせてしまった。申し訳なさげに微笑む彼に、私はしつこい程に首を左右に振る。
「嬉しかったから、そんな顔しないで」
蒼はふっと頬を緩めると、優しい手つきで私の頭を撫でた。
「ありがとう、茜」
「…ちょっと恥ずかしい」
「可愛い」
誤解が解けたことに安堵しつつ、私は再び箸を進める。再び同じ過ちを繰り返さないよう、目の前にいる最愛の夫に意識を集中させた。
(…どうするのが正解だったんだろう)
食事や後片付けを済ませ、入浴する。湯船に肩まで浸かりながら、未だ地面を叩きつけている雨の音に耳を澄ませた。
二條さんの様子は明らかにおかしかった。あんな風に弱音を吐く人ではないのだろうし、今回の出来事がそれ程堪えたということか。
話を聞く位、同期としては良かったのかもしれない。詳細も知らず、彼の身に何が起こったのか具体的には分からない。だから、励ましの一言すら掛けることができなかった。
ーー俺は大丈夫だから、もう行って?
あれが本心ではないと、私は分かっていた。
けれど、どうすることもできないとも。私は彼の何でもないし、ましてや異性だ。男性の友人など居たこともないし、干渉すべきではないとも思う。
私が心から大切に想うのは蒼であり、愛しているのも彼だけだ。万が一二條さんが私を気にするようなことがあっても、それに応えることは絶対にないと断言できる。
「……」
けれど、やはり気になってしまうのも事実だった。放っておけないなどと上から目線でものを言う気はないが、何故か他人事だと割り切ることもできない。
土砂降りの中の二條さんの表情が私の罪悪感のようなものを煽り、蒼の前でついぼうっとしてしまった。
正直に話すべきなのだろうか。蒼を傷つけてしまうだろうか。嫉妬していた彼に二條さんの話をするのはあまりに無神経ではないだろうか。
「…どうしよう」
二條さんが美空のように女友達であったら良かったのに、などと無意味なことを考えながら、私は掌で温かいお湯をそっと掬い上げた。
「って言ったら先輩が…」
「……」
「茜?おーい、大丈夫?」
目の前でひらひらと手を振られ、私ははっと我に返る。手に持っていたお椀を落としそうになって、慌ててテーブルの上に置いた。
「どうしたの?体調悪い?」
「ううん、大丈夫」
「ボーッとしてるの珍しいね」
「昨日眠れなかったから」
他意はなかった。咄嗟に選んでしまった言い訳を、蒼の表情を見た瞬間に後悔する。
「ちょっとがっつき過ぎた?ごめん」
「違うの、そうじゃなくて」
昨夜の情事の所為だと勘違いさせてしまった。申し訳なさげに微笑む彼に、私はしつこい程に首を左右に振る。
「嬉しかったから、そんな顔しないで」
蒼はふっと頬を緩めると、優しい手つきで私の頭を撫でた。
「ありがとう、茜」
「…ちょっと恥ずかしい」
「可愛い」
誤解が解けたことに安堵しつつ、私は再び箸を進める。再び同じ過ちを繰り返さないよう、目の前にいる最愛の夫に意識を集中させた。
(…どうするのが正解だったんだろう)
食事や後片付けを済ませ、入浴する。湯船に肩まで浸かりながら、未だ地面を叩きつけている雨の音に耳を澄ませた。
二條さんの様子は明らかにおかしかった。あんな風に弱音を吐く人ではないのだろうし、今回の出来事がそれ程堪えたということか。
話を聞く位、同期としては良かったのかもしれない。詳細も知らず、彼の身に何が起こったのか具体的には分からない。だから、励ましの一言すら掛けることができなかった。
ーー俺は大丈夫だから、もう行って?
あれが本心ではないと、私は分かっていた。
けれど、どうすることもできないとも。私は彼の何でもないし、ましてや異性だ。男性の友人など居たこともないし、干渉すべきではないとも思う。
私が心から大切に想うのは蒼であり、愛しているのも彼だけだ。万が一二條さんが私を気にするようなことがあっても、それに応えることは絶対にないと断言できる。
「……」
けれど、やはり気になってしまうのも事実だった。放っておけないなどと上から目線でものを言う気はないが、何故か他人事だと割り切ることもできない。
土砂降りの中の二條さんの表情が私の罪悪感のようなものを煽り、蒼の前でついぼうっとしてしまった。
正直に話すべきなのだろうか。蒼を傷つけてしまうだろうか。嫉妬していた彼に二條さんの話をするのはあまりに無神経ではないだろうか。
「…どうしよう」
二條さんが美空のように女友達であったら良かったのに、などと無意味なことを考えながら、私は掌で温かいお湯をそっと掬い上げた。