合意的不倫関係のススメ
(こんなに痛いと思わなかった)
日常生活において背中の筋肉は大切なんだと、私は変な教訓を得た。少し手を伸ばそうとするだけで、痛みのせいで動きが止まる。
夜寝る時も大変で、仰向けはもちろんうつ伏せも辛い。蒼がわざわざ抱き枕を買ってきて、横向きに寝転がりそれに体重を預ける体勢が、一番楽だった。
炎症が治るまでは冷やすのが一番だと整形外科の医師に言われたけど、場所が場所だけに自身ではどうにもできない。
私は休むことが苦手だ。手持ち無沙汰でいると、自分には価値がないのではと気分が塞いでしまう。
一週間程休んでいいと、食品部の部長直直に連絡があった。ありがたいけれど、こんなにも長期間休むことへの罪悪感も、心に影を落とす。
「今はゆっくりと静養して、自分を大切に」
電話越しに、そんな風に優しい言葉をかけられたことにも驚いた。
(自分を、大切に)
あまり考えたこともない。私にとっては蒼が全てで、彼に出会う前は心の中は空洞だった。
狂った母親を見て育ち、あんな人間にはなりたくないと思いながら生きてきた。
ーー私には、あの人だけが全てなの
我が子の前で、平気でそんなことを言う。捨てられた事実を認めず、愛に飢えた可哀想な女。
けれど私も、本質は母親と変わらないのかもしれない。
ずっと、蒼への愛に依存することで価値を見出してきた。
それがなくなれば、私には何も残らない。
(…ダメだ。暇だと余計なことを考える)
適当にネットサーフィンでもしようと携帯をタップした瞬間、寝室に蒼が入ってきた。
「そろそろ痛み止め切れる時間でしょ?冷やそうか」
「まだ大丈夫だよ」
「遠慮しなくていいから」
「…ごめんね」
結局、今日も彼に仕事を休ませてしまった。家のことも全て任せきりで、本当に申し訳なくて情けなく思う。
「アイシング持ってきたから」
「本当に大丈夫だって」
うつ伏せの体勢が難しく、冷やすとなれば蒼が背中にアイシングを当てなければならなくなる。そんな手間を、かけさせたくない。
「茜はさ、どうしてそんなに遠慮するの?」
「してもらうことが苦手なの」
誰かに何かをしてもらえる程の価値が、私にあるのだろうか。相手が蒼ともなれば、殊更に。
「じゃあ、ここにいてもいい?」
「退屈でしょう?」
「まさか」
蒼はそれ以上強要せず、気分を害した様子もなかった。ベッド脇に座り、私の手を握る。
「いっぱい、話しをしよう。多分俺達に一番大切なことだから」
「話し…そうだね、話し…」
「こういう言い方もあれだけど、丁度いい機会かもしれない。二人でゆっくりできる」
ふわりと微笑む彼を見て、痛みと罪悪感でネガティブになっていた心が、少しずつ溶けていくような気がした。
日常生活において背中の筋肉は大切なんだと、私は変な教訓を得た。少し手を伸ばそうとするだけで、痛みのせいで動きが止まる。
夜寝る時も大変で、仰向けはもちろんうつ伏せも辛い。蒼がわざわざ抱き枕を買ってきて、横向きに寝転がりそれに体重を預ける体勢が、一番楽だった。
炎症が治るまでは冷やすのが一番だと整形外科の医師に言われたけど、場所が場所だけに自身ではどうにもできない。
私は休むことが苦手だ。手持ち無沙汰でいると、自分には価値がないのではと気分が塞いでしまう。
一週間程休んでいいと、食品部の部長直直に連絡があった。ありがたいけれど、こんなにも長期間休むことへの罪悪感も、心に影を落とす。
「今はゆっくりと静養して、自分を大切に」
電話越しに、そんな風に優しい言葉をかけられたことにも驚いた。
(自分を、大切に)
あまり考えたこともない。私にとっては蒼が全てで、彼に出会う前は心の中は空洞だった。
狂った母親を見て育ち、あんな人間にはなりたくないと思いながら生きてきた。
ーー私には、あの人だけが全てなの
我が子の前で、平気でそんなことを言う。捨てられた事実を認めず、愛に飢えた可哀想な女。
けれど私も、本質は母親と変わらないのかもしれない。
ずっと、蒼への愛に依存することで価値を見出してきた。
それがなくなれば、私には何も残らない。
(…ダメだ。暇だと余計なことを考える)
適当にネットサーフィンでもしようと携帯をタップした瞬間、寝室に蒼が入ってきた。
「そろそろ痛み止め切れる時間でしょ?冷やそうか」
「まだ大丈夫だよ」
「遠慮しなくていいから」
「…ごめんね」
結局、今日も彼に仕事を休ませてしまった。家のことも全て任せきりで、本当に申し訳なくて情けなく思う。
「アイシング持ってきたから」
「本当に大丈夫だって」
うつ伏せの体勢が難しく、冷やすとなれば蒼が背中にアイシングを当てなければならなくなる。そんな手間を、かけさせたくない。
「茜はさ、どうしてそんなに遠慮するの?」
「してもらうことが苦手なの」
誰かに何かをしてもらえる程の価値が、私にあるのだろうか。相手が蒼ともなれば、殊更に。
「じゃあ、ここにいてもいい?」
「退屈でしょう?」
「まさか」
蒼はそれ以上強要せず、気分を害した様子もなかった。ベッド脇に座り、私の手を握る。
「いっぱい、話しをしよう。多分俺達に一番大切なことだから」
「話し…そうだね、話し…」
「こういう言い方もあれだけど、丁度いい機会かもしれない。二人でゆっくりできる」
ふわりと微笑む彼を見て、痛みと罪悪感でネガティブになっていた心が、少しずつ溶けていくような気がした。