合意的不倫関係のススメ
私と蒼は以前から、よく会話をする夫婦だったと思う。イレギュラーを除き、朝食と夕食は必ず食卓を共にするようにしていた。

無理をしていた訳ではない。けれどどこかでずっと、怯えていた。本当の自分を暴かれたその瞬間、相手が離れてしまうのではないかと。

今の私達は、全てを曝け出した。弱さも、汚さも、傲慢も、愛も。

心の底では今もまだ、猜疑心はなくならない。自身に価値を見出せないのは、きっともう治せない。

(それでもいいのかも)

自分よりも大切な、宝物が傍に居てくれるのだから。

「そっか、二條君は上手く回避できたんだ」
「どうして誰かの足を引っ張りたいんだろう」
「自分の力に限界を感じたのかもしれないね」
「だからって人を蹴落とす理由にはならないよ」

女には女の世界があるように、男には男のそれがある。家庭を持てば背負うものが増え、年数を重ねるにつれ重圧も増すだろう。

追い詰められた人間が常軌を逸してしまうことは、私にも経験がある。正常な判断が出来ず、思い返しては後悔に苛まれる。

二條さんを貶めたその人が今どんな心境でいるのかは、分からないけれど。

「まぁどんな関係性だったのかは、結局当人同士にしか分からないしなぁ」
「大人って怖いよねぇ」
「お、そんな言い方するの珍しいな」

蒼は時折、私の背中にアイシングを当ててくれる。じんじんと熱を持ったそこが、冷やされて、気持ちがいい。

「だって、本当は怖かったから」
「そりゃそうだよ。刃物とか持っててもおかしくないんだから、無茶はしてほしくない」
「もうしないよ」

蒼は私の言葉を信じていない様子で、笑いながら私の頬をつつく。

「茜は見て見ぬふりできない(タチ)だし、多分俺の心配は死ぬまで尽きないだろうなぁ」
「ちょっと、そんなことないし」
「どうだか」

相変わらず笑っている彼に反撃しようと手を伸ばして、ずきりと背中が痛んで顔を歪める。

「怪我してたの忘れてた…」
「何やってんのもう」
「ごめん」
「ははっ」

蒼の笑顔が、昔から好きだった。十年経ち、私達の関係はある意味で変わってしまった。

(でもやっぱり、笑顔好きだなぁ)

感じる胸の高鳴りは、あの頃のままみたいだ。

「茜」
「うん?」
「キスしてもいい?」
「口は怪我してないよ」

くすくす笑いながら言うと、今度は蒼が拗ねたように頬を膨らませる。そして私達は何度も、唇を重ね合わせた。
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