合意的不倫関係のススメ
三日も経てば大分腫れも収まり、座ることも手を動かすこともずっと楽にできるようになった。蒼と共に警察署に出向き、調書を取られる。あの男は所在がはっきりしていることと、家庭があること、憔悴しきっていることなどから勾留はされていないらしい。
私としても裁判を起こす気はなく、示談の意思を示した。これは蒼とよく話し合って決めたことだ。私は当事者ではなく男に恨まれている訳でもない、裁判でことを長引かせ生活に支障をきたすことも嫌だ。
それに私がそうしなくとも、あの男は社会的制裁を受けるだろう。
「本当に申し訳ございませんでした」
そしてその翌日には、花井さんの両親が謝罪にやってきた。主任から連絡があり、私が住所を教えてもいいと許可したのだ。
「本来ならば本人をここへ連れてきて直接謝罪させるのが筋なのですが、目を離すとすぐに逃げ出そうとして…本当にお恥ずかしい限りです」
ご両親は幾分高齢に見え、終始とても申し訳なさそうに何度も頭を下げていた。
「これまで好き放題にやらせていた私達の責任も大きいです。田舎へ連れ帰り、二度と顔を見せることのないようにしますので」
「人様の家庭を壊すようなことをして…本当に情けない限りです」
こちらも詳しく尋ねることはしないけれど、彼女はきっと田舎暮らしを好む性分ではないだろう。
「幸い田舎には親戚が大勢いますから、あの子も好き勝手はできなくなるでしょう。三笹さんには職場でお世話になったでしょうに、恩を仇で返すようなことをして…」
「私のことは気になさらないでください」
彼女もいい大人だ。自身がしでかしたことを親に尻拭いしてもらうなど、恥ずかしくはないのだろうかと内心思う。
同時に、常識的に見える両親の元で育ったからと言って、必ずしも常識が備わる訳ではないのだとも。
「茜ただいまー」
「お帰りなさい」
「お弁当買ってきた」
「ありがとう」
蒼も仕事に戻り、私も明日から職場復帰する。あれだけ痛かった背中の怪我もあまり気にならなくなったが、蒼は未だに夜中に何度も私の背中を気にする。
大丈夫だと返すと、頬を緩めながら私を抱き締めまた眠りに就く。
蒼がこんなに心配性だったなんて、もしかすると初めての発見かもしれない。
(いや、そうでもないか)
滅多になかったが、私が風邪を引くとこちらが申し訳なくなるくらい、手厚く看病してくれたような。
その癖自分が体調の悪い時には黙っているものだから、この十年で私はすっかり彼の体調を読み取れる力がついてしまった。
(もし子供が出来たら、やっぱり過保護なんだろうな)
とても自然に、そんな考えと共に笑みが溢れる。同時に、胸に沸き起こる何ともいえない感情に、私はぎゅうっと蒼に抱き着いた。
恋人で、家族で、最愛の人。
一見当たり前に見えるこの生活は決してそうではないのだと、私達は知っている。
だからきっと、大丈夫だと思った。
無意識に腹部を触りながら、穏やかな温もりと共に再び眠りに就いた。
私としても裁判を起こす気はなく、示談の意思を示した。これは蒼とよく話し合って決めたことだ。私は当事者ではなく男に恨まれている訳でもない、裁判でことを長引かせ生活に支障をきたすことも嫌だ。
それに私がそうしなくとも、あの男は社会的制裁を受けるだろう。
「本当に申し訳ございませんでした」
そしてその翌日には、花井さんの両親が謝罪にやってきた。主任から連絡があり、私が住所を教えてもいいと許可したのだ。
「本来ならば本人をここへ連れてきて直接謝罪させるのが筋なのですが、目を離すとすぐに逃げ出そうとして…本当にお恥ずかしい限りです」
ご両親は幾分高齢に見え、終始とても申し訳なさそうに何度も頭を下げていた。
「これまで好き放題にやらせていた私達の責任も大きいです。田舎へ連れ帰り、二度と顔を見せることのないようにしますので」
「人様の家庭を壊すようなことをして…本当に情けない限りです」
こちらも詳しく尋ねることはしないけれど、彼女はきっと田舎暮らしを好む性分ではないだろう。
「幸い田舎には親戚が大勢いますから、あの子も好き勝手はできなくなるでしょう。三笹さんには職場でお世話になったでしょうに、恩を仇で返すようなことをして…」
「私のことは気になさらないでください」
彼女もいい大人だ。自身がしでかしたことを親に尻拭いしてもらうなど、恥ずかしくはないのだろうかと内心思う。
同時に、常識的に見える両親の元で育ったからと言って、必ずしも常識が備わる訳ではないのだとも。
「茜ただいまー」
「お帰りなさい」
「お弁当買ってきた」
「ありがとう」
蒼も仕事に戻り、私も明日から職場復帰する。あれだけ痛かった背中の怪我もあまり気にならなくなったが、蒼は未だに夜中に何度も私の背中を気にする。
大丈夫だと返すと、頬を緩めながら私を抱き締めまた眠りに就く。
蒼がこんなに心配性だったなんて、もしかすると初めての発見かもしれない。
(いや、そうでもないか)
滅多になかったが、私が風邪を引くとこちらが申し訳なくなるくらい、手厚く看病してくれたような。
その癖自分が体調の悪い時には黙っているものだから、この十年で私はすっかり彼の体調を読み取れる力がついてしまった。
(もし子供が出来たら、やっぱり過保護なんだろうな)
とても自然に、そんな考えと共に笑みが溢れる。同時に、胸に沸き起こる何ともいえない感情に、私はぎゅうっと蒼に抱き着いた。
恋人で、家族で、最愛の人。
一見当たり前に見えるこの生活は決してそうではないのだと、私達は知っている。
だからきっと、大丈夫だと思った。
無意識に腹部を触りながら、穏やかな温もりと共に再び眠りに就いた。