合意的不倫関係のススメ
EP.2「似たもの同士」
「今日もありがとう三笹さん。あなたにお任せすれば安心ね」
「そう言って頂けて光栄です。またのご来店を心よりお待ちしております」

新入社員研修で叩き込まれた礼の仕方は、今やすっかり板についたように思う。私の担当する老舗和菓子屋の常連客を見送りながら、心中でふぅと溜息を吐いた。

創業三百年の歴史を持つ老舗和菓子屋「虎ノ屋」は、流石歴史のある店だけあってその価格帯も高い。客層は必然的に比較的裕福な年配のお客様を占め、自宅用というよりは殆どがお使いものだ。

中元や歳暮、冠婚葬祭や企業が顧客に配る手土産に至るまで、時には十万百万単位の注文がくることだってある。

そんな金額の商品を万が一間違えようものなら、取り返しのつかないことになる。そしてお客様からの信頼は失われ、二度と利用してはもらえなくなる。

私達の仕事には、ミスは許されないのだ。

「三笹さん。私休憩行ってきてもいいですかぁ?」

今期から契約社員としてウチに配属になった、花井(ハナイ)梨奈(リナ)。私の四歳下で、いかにも今時女子という風貌。

始業開始五分前に出社し、就業時間とほぼ同時に帰る。まだ数ヶ月しか一緒に仕事をしていないとはいえ、彼女の仕事に対するスタンスは十分に理解している。

「あと十分待ってもらえる?阿部さんが帰って来るまで」
「えぇ〜、同期で時間合わせる約束してるのに…」

あからさまに不満げな態度を取る彼女を、私は見限った。

そんな言い方をされてまで、あと十分を嫌々残ってもらおうとも思わない。

「休憩、行ってもいいよ」
「わっ、ありがとうございまーす」

嬉々として社内バッグ片手に売り場を後にする花井さんの後ろ姿を見ながら、ぼんやりと思う。

私のこういう所がよくないんだろうか。他人の短所などどうでもよく、衝突してまで彼女を正したいと思えない。余程こちらが迷惑を被らない限り、好きにすればいいと思ってしまう。

それで彼女が契約を切られようが、私には関係のないことだから。
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