合意的不倫関係のススメ
「あの…」
「うん?」
「いえ、いいです」

やはりやめておけばと思ったけれど、もう手遅れ。二條さんは私の言いたいことを察したのか、複雑な表情で小さく微笑んだ。

「気にしてくれてるんでしょ?一応、(カタ)はついたよ。円満解決とはいかなかったけどね」

自分から聞いた癖に、どう答えていいのか分からない。私はただ、黙って彼の話に耳を傾けた。

「でもなぁ。俺も清廉潔白、って訳じゃないから。女性は自分に好意を向けられてた方が、正直やりやすかったし。そういう方向に仕向けてた部分もある。俺が担当してたお客様の娘さん、外商の主任と婚約してたみたいでさ。まぁ、痴情のもつれってやつ?で、元々俺を嫌ってた他の外商員がそれに便乗して、あの事務の子にもあることないこと言って、俺を恨むように仕向けたってわけ」

二條さんが今までどんな人生を送ってきたのか、その仕事スタイルも分からない。けれど目の前の彼は、それを反省して改めているように見えた。

「俺はミスしてないし、嵌められたのは事実。でも、俺も悪かったんだ。適当に繕って、ちゃんと向き合ってなかった。苦手だったから、そういうの」
「器用な生き方をすることが、悪いとは思いません」
「ま、今までのツケが回ってきたって感じ?結果的にお咎めなしだし、主任は外商から飛ばされたし、これ以上どうこうする気もないよ」

見えないところで、散々傷つき葛藤したのだろう。あの穏やかで優しげな雰囲気の妹さんもきっと、二條さんの支えになっている。

私は初めて、兄妹という存在を少しだけ羨ましく思った。

「とまぁ、ざっと話すとこんな感じです。二條俊成無事復活しましたので、これからもどうぞよろしく」
「…ふふっ、はい」

二條さんは笑いながら、再び箸を動かす。彼はもう、私の弁当を欲しがらなくなった。

「三笹さんこそいいの?怪我までさせられたのに。制裁加えたいとか思わないの?」
「私が勝手なことをしただけですし、そんなことを考える時間が無駄です」
「おお、カッコいいけどちょっと怖いわ」

そう言われ思わずむすりと眉間に皺を寄せると、二條さんはまた笑う。今日の彼がやたらと笑顔を見せるその理由は、私には分からなかった。



「聞いた?食品課の花井さん、やばい写真がSNSで晒されてるって」
「他に何人も既婚者食いものにしてお金までもらってたんでしょ?ヤバすぎだよね」
「うわー、めちゃくちゃ恨まれてそうじゃん」

女子社員が集う化粧室というのは、どうしてこうも噂話に塗れているのだろう。私は別に知りたくもないのに、勝手に耳に入ってくる。

あの日以来、一度も花井さんの姿を見ていない。ご両親の話から察するに、彼女と会うことはもうないだろう。

(…蒼のことも、既婚者だから狙ったのかな)

先程二条さんにはああ言ったけれど、やはり彼女はもう少し痛い目に遭えばいいと、内心鼻を鳴らした。
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