合意的不倫関係のススメ
「何よこれ、もう…」
思わず呟いてしまう、外商からの突然の大量注文。この数を今日中の便で回してくれだなんて、普通であれば連絡の一本も入れるのが常識だろう。外商部員も駆けずり回っているだろうが、売場だって戦場なのだ。
もっと相手の立場に立って物事を考えてもらいたい。同じ外商部員でも、二條さんなら絶対にこんな非常識なことなどしないのにと、つい比べてしまった。
「ごめん、こののし紙筆耕室に持っていってもらえる?この会社の社長、印刷嫌うから」
「分かりました」
指示を出しつつ、お客様も捌いていく。ご年配の方は購入金額が大きいが、その分接客に時間が掛かるのも難点。決して顔に出したりはしないが、孫の話など今は聞いていられないと、内心気が急いていた。
「あの…」
「いらっしゃいませ」
声をかけられ、一瞬脳内の記憶の棚を探り、そして思い出す。このお客様は、二條さんの妹さんだと。
「この間はありがとうございました。両親もとても喜んでいました」
「いえ、こちらこそ。お役に立てて光栄です」
「兄から聞きました。同期の方だったんですね」
最初の印象と同じく、やはり控えめで礼儀正しい雰囲気。けれどどことなく、以前よりも自信に溢れているような気がした。
「すみません、お忙しいのに余計な話をして」
「いえ、とんでもございません」
「この間食べて凄く美味しかったから、お歳暮用にって頼まれたんです」
「ありがとうございます。お使い物でしたらこちらの…」
商品の説明をしながら、ちらりと横目で彼女を盗み見る。二條さんに似ているような、そうでもないような。
(きっと、いいお兄さんなんだろうな)
薄情に見えて、意外とそうではないのだと思う。スマートに全てを卒なくこなしていそうな彼ではあるが、きっと様々な葛藤があるのだろう。
私達は大人であり、表面上を取り繕うのは、当たり前のことだ。
にこにこと商品を選ぶ妹さんを見ていると、今更ながらに彼を貶めた人物達に腹が立ってくる。彼女があの件を知っているのかどうかは定かではないが、知って傷つかないはずはない。
大切な家族の哀しみは、自身の哀しみでもあるのだから。
(天罰が下りますように)
笑顔の下でそんなことを思いながら、今この場に花井さんがいないことにはすっかり慣れてしまっている。
既に私の中では過去の人物であり、恨む程の存在ですらない。今どこで何をしていようが、あの後どうなったのか、ほんの少しの興味も湧かない。
「こちら伝票の控えになります」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「またぜひ、お立ち寄りくださいませ」
二條さんの妹さんは迅速に商品を選び発送の手続きをすると、すぐに帰っていった。
(二條さんも忙しく走り回ってるんだろうな)
外商なのだから、呼び出しがまったくないよりもその方がずっといいと思った。
思わず呟いてしまう、外商からの突然の大量注文。この数を今日中の便で回してくれだなんて、普通であれば連絡の一本も入れるのが常識だろう。外商部員も駆けずり回っているだろうが、売場だって戦場なのだ。
もっと相手の立場に立って物事を考えてもらいたい。同じ外商部員でも、二條さんなら絶対にこんな非常識なことなどしないのにと、つい比べてしまった。
「ごめん、こののし紙筆耕室に持っていってもらえる?この会社の社長、印刷嫌うから」
「分かりました」
指示を出しつつ、お客様も捌いていく。ご年配の方は購入金額が大きいが、その分接客に時間が掛かるのも難点。決して顔に出したりはしないが、孫の話など今は聞いていられないと、内心気が急いていた。
「あの…」
「いらっしゃいませ」
声をかけられ、一瞬脳内の記憶の棚を探り、そして思い出す。このお客様は、二條さんの妹さんだと。
「この間はありがとうございました。両親もとても喜んでいました」
「いえ、こちらこそ。お役に立てて光栄です」
「兄から聞きました。同期の方だったんですね」
最初の印象と同じく、やはり控えめで礼儀正しい雰囲気。けれどどことなく、以前よりも自信に溢れているような気がした。
「すみません、お忙しいのに余計な話をして」
「いえ、とんでもございません」
「この間食べて凄く美味しかったから、お歳暮用にって頼まれたんです」
「ありがとうございます。お使い物でしたらこちらの…」
商品の説明をしながら、ちらりと横目で彼女を盗み見る。二條さんに似ているような、そうでもないような。
(きっと、いいお兄さんなんだろうな)
薄情に見えて、意外とそうではないのだと思う。スマートに全てを卒なくこなしていそうな彼ではあるが、きっと様々な葛藤があるのだろう。
私達は大人であり、表面上を取り繕うのは、当たり前のことだ。
にこにこと商品を選ぶ妹さんを見ていると、今更ながらに彼を貶めた人物達に腹が立ってくる。彼女があの件を知っているのかどうかは定かではないが、知って傷つかないはずはない。
大切な家族の哀しみは、自身の哀しみでもあるのだから。
(天罰が下りますように)
笑顔の下でそんなことを思いながら、今この場に花井さんがいないことにはすっかり慣れてしまっている。
既に私の中では過去の人物であり、恨む程の存在ですらない。今どこで何をしていようが、あの後どうなったのか、ほんの少しの興味も湧かない。
「こちら伝票の控えになります」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「またぜひ、お立ち寄りくださいませ」
二條さんの妹さんは迅速に商品を選び発送の手続きをすると、すぐに帰っていった。
(二條さんも忙しく走り回ってるんだろうな)
外商なのだから、呼び出しがまったくないよりもその方がずっといいと思った。