合意的不倫関係のススメ
私の正月休みはたった一日で、地獄のような初売りに身を投じる。私が担当する“虎ノ屋”にはないけれど、食品エリアでは福袋販売がある。数名はそちらのヘルプに呼ばれる為に、売場を少人数で回さなければならない。

それに福袋がないといえども、縁起物として和菓子は重宝される。歳暮から解放されたと思えば、またすぐにこれだ。早朝から動きっぱなしで、流石に疲弊していた。

(蒼、何してるかな)

午後三時頃、ようやく昼休みに入ることが出来た。空腹もピークを過ぎると、不思議なことにあまり食べたくなくなる。食堂でスムージーを購入し、それを昼食代わりとした。

今頃家で一人、彼は何をしているだろうか。クリスマスも歳暮の追い込みで遅くまで仕事だったし、正月も昨日しか休みがなかった。土日休みもあまり取得出来ないし、もしも子供を授かることが叶ったとしたら、続けることは難しいかもしれないと思う。

「三笹さん、こんにちは」
「明けましておめでとうございます。本年度もどうぞよろしくお願い致します」

社内携帯から呼び出しがあり、昼休みを早々に切り上げ常連のお客様への元へと走る。

ご年配のお客様は、一からの説明を嫌う方も多い。私でなければいけないというよりも、私であれば勝手を知っているから、楽だということなのだろう。

「これ、差し入れ。良かったら食べて」
「ありがとうございます。お気遣い痛み入ります」

とはいえども、こうして気にかけてもらえることは素直に嬉しかった。

無愛想で人と関わることが得意ではない私がこの百貨店を就職先に選んだのは、高卒入社の初任給が他よりも高かったから。

けれど無意識に、こうした関わり合いを望んでいたのかもしれない。誰かに、自分を必要としてほしかった。

この場所に、私の代わりは幾らでもいる。

(蒼には、私だけ)

彼と過ごす日々がどれだけ尊いものであるかを、今の私は知っている。

お客様を笑顔で見送りながらも、私の頭の中は蒼のことでいっぱいだった。




「茜、お帰り」

帰宅するなり、私は勢いよく彼に抱きつく。多少驚いた素振りを見せながらも、蒼はその腕でしっかりと私を受け止めてくれた。

「どうしたの?」
「早く会いたかった」
「嫌なことでもあった?」

私の背中を撫でる掌は、暖かい。

「ねぇ、蒼」
「うん?」
「私、今の仕事辞めようかな」

最近ずっと、考えていたことだった。

やり甲斐もあるし、向いているとも思う。けれど、後悔はしたくなかった。

自分が今何を一番大切にしたいのか、その心に従いたいと思う。

「ゆっくり話そう」
「うん」
「おいで」

蒼は、突拍子もない私の話を否定しない。穏やかに瞳を細め、私の手を引いた。
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