合意的不倫関係のススメ
ーー正月に仕事を辞めようと決意してから、半年。退職の旨を部長に伝えた際、予想以上に引き止められことに私は驚いた。
時短やパートへの切り替えなど様々な提案を挙げられたけれど、私はそれに頷かなかった。
全く仕事をしたくないというわけではない。また落ち着いたらパートなり探せばいいとも考えている。
今は一度、蒼との落ち着いた時間が欲しかった。
とはいえ急いで辞めなければならない理由もなかったので、会社の意向に添い退職を半年後まで延ばした。その間に様々な引き継ぎを行い、私の後任として“虎ノ屋”の担当になる社員にも懇切丁寧に教えていった。
売場に立つのは六月までで、後は有休消化。今まで殆ど使用したことがなかった為に、かなりの日数取得することができた。
「三笹さん、今までお疲れ様」
「三笹さんが有能だって噂は、うちの課にも届いてたよ」
「同期が減るのは寂しいね」
こういった大勢での交流が得意でなかった私は、退職間際になって初めて同期のグループチャットにメッセージを書き込んだ。
それは「この度会社を辞めることになりました、今までお世話になりました」という形式的なものだったのだけれど、一番に反応を示してくれたのは二條さんだった。
以前より、同期の中で彼にだけ何かの折に伝えていて、今回こうして同期会をやろうと発起してくれたのも、他でもないこの人なのだ。
「三笹さんって、意外と思い切りがいいよね」
「そうですか?」
「俺こう見えて臆病者だからなぁ。肝心なところでビビッて、男として情けないよな」
私を送り出す会と称した同期の飲み会は、進むにつれ席という席もなくなっていく。元々こういった場に参加していなかった私が、急に馴染める筈もなく。端の方で一人細々と飲んでいた私の元へやってきた二條さんは、既に大分出来上がっているように見えた。
「私が一番仕事のやりやすい外商部員は、二條さんでした。考え方も私とは真逆で、勉強になりました」
「最後まで固いな三笹さんは」
朗らかに笑っているかと思えば、二條さんの視線がふっとグラスに落ちる。こちらを見ないまま、辛うじて聞き取れる程の声色で彼は呟いた。
「三笹さんのこと好きだった」
「……」
「あ。あくまで同期としてだからね?勘違いしないでよ?ていうか何言ってんだ俺…相当酔い回ってんな、ははっ」
二條さんは確かに、私の心境に大きな変化を与えた人物だ。この先もきっといつかどこかで、この人のことを頭に浮かべることもあるかもしれない。
ーーもし俺と三笹さんが
以前二條さんが言っていた言葉が、脳裏を過ぎる。蒼と結婚していなければ、私は彼を好きになったのだろうか。蒼の居ない私に、二條さんは興味を持っただろうか。
考えても意味のないことは、考えないようにしている。けれど今そんな「もしも」が頭に浮かぶのは、私も酔っている証拠なのかもしれない。
「二條さんのことを、これからも応援しています」
「…うん、俺も。蒼さんとお幸せに」
私達は笑いながら、お互いもう殆ど中身の残っていないグラスを再びカチンと合わせた。
時短やパートへの切り替えなど様々な提案を挙げられたけれど、私はそれに頷かなかった。
全く仕事をしたくないというわけではない。また落ち着いたらパートなり探せばいいとも考えている。
今は一度、蒼との落ち着いた時間が欲しかった。
とはいえ急いで辞めなければならない理由もなかったので、会社の意向に添い退職を半年後まで延ばした。その間に様々な引き継ぎを行い、私の後任として“虎ノ屋”の担当になる社員にも懇切丁寧に教えていった。
売場に立つのは六月までで、後は有休消化。今まで殆ど使用したことがなかった為に、かなりの日数取得することができた。
「三笹さん、今までお疲れ様」
「三笹さんが有能だって噂は、うちの課にも届いてたよ」
「同期が減るのは寂しいね」
こういった大勢での交流が得意でなかった私は、退職間際になって初めて同期のグループチャットにメッセージを書き込んだ。
それは「この度会社を辞めることになりました、今までお世話になりました」という形式的なものだったのだけれど、一番に反応を示してくれたのは二條さんだった。
以前より、同期の中で彼にだけ何かの折に伝えていて、今回こうして同期会をやろうと発起してくれたのも、他でもないこの人なのだ。
「三笹さんって、意外と思い切りがいいよね」
「そうですか?」
「俺こう見えて臆病者だからなぁ。肝心なところでビビッて、男として情けないよな」
私を送り出す会と称した同期の飲み会は、進むにつれ席という席もなくなっていく。元々こういった場に参加していなかった私が、急に馴染める筈もなく。端の方で一人細々と飲んでいた私の元へやってきた二條さんは、既に大分出来上がっているように見えた。
「私が一番仕事のやりやすい外商部員は、二條さんでした。考え方も私とは真逆で、勉強になりました」
「最後まで固いな三笹さんは」
朗らかに笑っているかと思えば、二條さんの視線がふっとグラスに落ちる。こちらを見ないまま、辛うじて聞き取れる程の声色で彼は呟いた。
「三笹さんのこと好きだった」
「……」
「あ。あくまで同期としてだからね?勘違いしないでよ?ていうか何言ってんだ俺…相当酔い回ってんな、ははっ」
二條さんは確かに、私の心境に大きな変化を与えた人物だ。この先もきっといつかどこかで、この人のことを頭に浮かべることもあるかもしれない。
ーーもし俺と三笹さんが
以前二條さんが言っていた言葉が、脳裏を過ぎる。蒼と結婚していなければ、私は彼を好きになったのだろうか。蒼の居ない私に、二條さんは興味を持っただろうか。
考えても意味のないことは、考えないようにしている。けれど今そんな「もしも」が頭に浮かぶのは、私も酔っている証拠なのかもしれない。
「二條さんのことを、これからも応援しています」
「…うん、俺も。蒼さんとお幸せに」
私達は笑いながら、お互いもう殆ど中身の残っていないグラスを再びカチンと合わせた。