合意的不倫関係のススメ
蒼はもしかしたら最初から、私に自分と同じものを感じていたのかもしれない。

「優しくて、包み込んでくれて、家庭的なところが好きだ」

と、何度も言われた。彼はきっと、愛情というものに強烈な憧れと恐怖を抱いている。

そしてそれは、私も同じ。

互いの事情を知ってからというもの、私達二人の心の結びつきはより強固なものへと成長していったのだった。




ーー

「ただいま」
「お帰りなさい」

きっちり結ばれたネクタイの結び目に指を入れながら、蒼がリビングへと入ってきた。彼の無防備な姿を見られるのが自分だけだと思うと、それだけで気分は高揚する。

セットされた髪が乱れる時、私より背の高い彼の頭を見下ろす時、涼しげな目元が欲望に歪む時、私の心はいつもこんな風に喜びに震えるのだ。

喜び?いや優越感、それとも安堵か。

「茜?どうしたのボーッとして」
「ううん、何でも。ご飯、すぐに並べるね」

にこりと笑ってエプロンの紐を解こうとした私の手を、彼が掴む。

「蒼?」
「これ、俺が外したい」

彼はそういうと前から私を抱き締め、後ろに手を伸ばす。結ばれていた紐を外し、肩に手をかけすとんとエプロンを下へ落とした。

「いつも完璧な茜を乱せるのは、俺だけだから」
「蒼…」
「愛してる、茜。永遠に俺の側にいて」

まるで縋るように絞り出された声を、私はちゃんと拾ってやる。私の首に顔を埋める彼の頭を、優しく優しく撫でた。

「当たり前でしょう?私達には、お互いしかいないんだから」
「…うん」
「私も愛してる」

ああ、愛とはなんて便利な言葉だろう。

この言葉を口にする度に、彼の過去は正当化されていくのだから。
< 15 / 121 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop