合意的不倫関係のススメ
蒼の仕事は、事務機器やPC機器の営業マンだ。企業へのルート営業が主で、トラブルサポートやメンテナンスが入ったりすると残業することもある。けれど営業の仕事としては、新規開拓などのノルマもなく、比較的に負担の少ない会社だと思う。

知識や機転はもちろん、性格や人当たりがいいので彼は営業にぴったりだ。実際、本人もやりやすいと言っている。

手土産や中元歳暮に関しては、私が一手に引き受けていた。蒼にはとても感謝されている。

「この間も言ったけど、今日取引先と飲み会だから」
「そういえば言ってたね」

朝食の席での、何気ない会話。今日のメニューはフルーツグラノーラとサラダ、ジャムを乗せた自家製のヨーグルト。それに、コーヒーマシンで淹れたエスプレッソ。

朝はいつもついているテレビでは、秋に食べたいグルメの特集をやっている。ついこの間まで朝から晩まで稼働していたエアコンも、朝はつけなくてもいいほどに気候が変わった。

売出し中の新人アイドルが、美味しい美味しいと言いながら様々な料理を可愛らしく口に運んでいる。

そんな様子を画面越しにぼーっと見つめながら、私は何気なく問いかけた。

「今日の飲み会はどこに行くの?」
「今日はね、ええっと」

蒼がテーブルの上にあるスマホに手を伸ばす。彼はいつも必ず、私に見える位置に画面を上に向けて置いていた。

指でスワイプする動作を取り、彼は私にスマホの画面を見せた。どうやらそれは、取引先の担当とのメッセージアプリのやり取りの履歴らしい。

私は会話の延長でただ何気なく、店の場所を聞いただけ。そこに他意はなかった。

それでも蒼はまるで自身の潔白を証明するかのように、柔らかな表情でそれを見せてくる。

「へぇ、あのお店か。雰囲気もいいし、店員さんも感じいいよね」
「二次会の予定はないけど、もし遅くなるようなら連絡入れるから」
「私のことは気にしないで、楽しんできて。って言っても接待みたいなものなんだろうけど」

私の言葉に、蒼はまた柔らかく目を細めた。

「俺は茜の側が、一番楽しくて楽だよ」
「あはは、ありがとう」

彼の行く飲み会の話の締め括りは、何故か私への褒め言葉だった。
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