合意的不倫関係のススメ
「三笹さん、お疲れ」
「お疲れ様です」
いつものように社員食堂で弁当を広げていると、後ろからぽんと肩を叩かれる。そこにいたのは二條さんと、彼と同じ外商部の瀬良さん。確か、私達より一年先輩だった気がする。瀬良さんの受け持つ顧客からの注文もたまにあるから、名前と顔だけは覚えていた。
「今日も美味そうだね。これ一個もらってもいい?」
私の返事を聞く前に、彼は玉子焼きを一切れ摘んでひょいと口に入れる。
「んー、うま。三笹さんの玉子焼きってなんでこんな美味く感じるんだろう」
「大袈裟です」
「ホントだってば!」
からからと笑う彼の隣で、瀬良さんが愛想笑いを浮かべていた。
「あっ、そういえば今日同期のヤツら何人かと飲むんだけど、よかったら三笹さんも来ない?」
「いえ、私は遠慮しておきます」
「そっか。まぁ急だし、旦那さんもいい顔はしないか」
二條さんの言葉に、私はふと思考を止めた。
蒼はきっと、私が誰とどこで何をしようがヤキモチなんて妬かないだろう。茜の好きにすればいいと、笑顔で送り出してくれる筈だ。
そんな顔を見たくないから、私は試そうと思ったことすらない。
「三笹さん?」
「あ…すみません。今日は用があって。またの機会にお願いします」
「了解。また誘うよ」
私如きに断られても、二條さんは特に気分を害した様子も見せない。ご馳走様と口にしながら、爽やかに片手を上げて瀬良さんと共に去っていった。
(…長い脚だな)
彼の後ろ姿に視線をやりながら、私はそんなどうでもいいことを考えた。
ーー
「なぁ二條。お前ってさ、なんであの子によく声掛けてんの?」
珍しく空いている喫煙室で、俺はスーツの内ポケットから電子タバコを取り出す。ホルダーにスティックを挿し、横のボタンを押した。
瀬良さんは俺から見ても、女ウケする見た目だと思う。現に横でタバコを吸っている姿がサマになっている。
「俺誰にでもあんな感じっすよ」
「あんま優しくしてると勘違いさせるぞ」
「冗談、彼女既婚者っすよ?」
弁当に添えられた、綺麗な指。その左手薬指には、すっかり光を失った指輪が嵌められている。彼女がいかに、長い結婚生活を過ごしてきたかの証だ。
「確かに美人だけどなんか幸薄そうじゃん。旦那と上手くいってなかったら、コロッとお前になびくかもよ?」
「その時はまぁ、その時っすかね」
「うわ。お前どんだけ竿姉妹増やす気だよ」
くつくつと喉を鳴らしながら、瀬良さんが笑う。喫煙室と下衆な会話っていうのは、どうしてこうも相性がいいのだろう。
「あぁいう女を屈服させるのって、気持ちよさそうっすよね」
「さぁ?俺そんな趣味ないし」
嘘吐け、自分だって大人しそうな奥さん捕まえて浮気し放題のくせに。
「でもホント、弁当が美味いんすよ」
肺いっぱいに煙を吸いながら、苦い口内の奥底で彼女の卵焼きの味を思い出していた。
「お疲れ様です」
いつものように社員食堂で弁当を広げていると、後ろからぽんと肩を叩かれる。そこにいたのは二條さんと、彼と同じ外商部の瀬良さん。確か、私達より一年先輩だった気がする。瀬良さんの受け持つ顧客からの注文もたまにあるから、名前と顔だけは覚えていた。
「今日も美味そうだね。これ一個もらってもいい?」
私の返事を聞く前に、彼は玉子焼きを一切れ摘んでひょいと口に入れる。
「んー、うま。三笹さんの玉子焼きってなんでこんな美味く感じるんだろう」
「大袈裟です」
「ホントだってば!」
からからと笑う彼の隣で、瀬良さんが愛想笑いを浮かべていた。
「あっ、そういえば今日同期のヤツら何人かと飲むんだけど、よかったら三笹さんも来ない?」
「いえ、私は遠慮しておきます」
「そっか。まぁ急だし、旦那さんもいい顔はしないか」
二條さんの言葉に、私はふと思考を止めた。
蒼はきっと、私が誰とどこで何をしようがヤキモチなんて妬かないだろう。茜の好きにすればいいと、笑顔で送り出してくれる筈だ。
そんな顔を見たくないから、私は試そうと思ったことすらない。
「三笹さん?」
「あ…すみません。今日は用があって。またの機会にお願いします」
「了解。また誘うよ」
私如きに断られても、二條さんは特に気分を害した様子も見せない。ご馳走様と口にしながら、爽やかに片手を上げて瀬良さんと共に去っていった。
(…長い脚だな)
彼の後ろ姿に視線をやりながら、私はそんなどうでもいいことを考えた。
ーー
「なぁ二條。お前ってさ、なんであの子によく声掛けてんの?」
珍しく空いている喫煙室で、俺はスーツの内ポケットから電子タバコを取り出す。ホルダーにスティックを挿し、横のボタンを押した。
瀬良さんは俺から見ても、女ウケする見た目だと思う。現に横でタバコを吸っている姿がサマになっている。
「俺誰にでもあんな感じっすよ」
「あんま優しくしてると勘違いさせるぞ」
「冗談、彼女既婚者っすよ?」
弁当に添えられた、綺麗な指。その左手薬指には、すっかり光を失った指輪が嵌められている。彼女がいかに、長い結婚生活を過ごしてきたかの証だ。
「確かに美人だけどなんか幸薄そうじゃん。旦那と上手くいってなかったら、コロッとお前になびくかもよ?」
「その時はまぁ、その時っすかね」
「うわ。お前どんだけ竿姉妹増やす気だよ」
くつくつと喉を鳴らしながら、瀬良さんが笑う。喫煙室と下衆な会話っていうのは、どうしてこうも相性がいいのだろう。
「あぁいう女を屈服させるのって、気持ちよさそうっすよね」
「さぁ?俺そんな趣味ないし」
嘘吐け、自分だって大人しそうな奥さん捕まえて浮気し放題のくせに。
「でもホント、弁当が美味いんすよ」
肺いっぱいに煙を吸いながら、苦い口内の奥底で彼女の卵焼きの味を思い出していた。