合意的不倫関係のススメ
「ごめ、ほん、本当に、あ、茜を傷付けるつもりも、うら、裏切るつもりも、な、なくて…俺、俺…っ」

先程の私と同じように、蒼が膝から崩れ落ちた。手で顔を覆うこともせず、顔面を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしてしゃくりあげている。

とても、私を捨てようとしているようには見えなかった。

いつもの彼とは全く違う、こんな蒼を見るのは初めてだった。

「ねが、お願い、だから。別れるなんて、言わないで」
「わか、れる」
「茜に捨てられたら俺、生きていけない」

不思議な感覚だった。蒼があの女と性行為に及んでいたことは紛れもない事実で、今もこの扉の向こうには、あの下品な靴の似合う下品な女がいる。

どれだけ泣こうが喚こうが、彼が私を裏切ったことには変わりない。

(何がそんなつもりなかった、よ。ならせめてラブホ行けよ)

気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。

だけど。

(…よかった)

蒼は私と、別れる気がない。それを知った私の心は、自分でも驚く程に凪いでいた。ぐちゃぐちゃに絡まった糸を、少しずつ紐解いていくような感覚だった。

今だって、あの声もあの音も耳にこびりついているのに。

(選ばれたのは、私)

この向こうにいるだろう女に、同情さえしてしまいそうになった。



寝室の扉を開けると、すっかり身支度を整えたらしい女がカバンを手にバツの悪そうな顔で私をみていた。

(想像通りだ)

余程慌てていたのか、服も髪も化粧もくしゃくしゃで、彼女は片手でしきりに毛先を弄っている。色の抜けた、汚らしい金髪。私よりもずっと年上に見える。

蒼は一体、こんな女のどこに魅力を感じたのだろう。知性の欠けらもなさそうな、頭も股も緩い女。

(だから、選んだのかな)

ぼうっとそんなことを考えていると、その女はこちらに向かってがばっと(コウベ)を垂れる。

「ごっ、ごめんなさい!私も別に、そういうつもりじゃないんです、ホントに!」
「蒼の彼女に、なりたいわけじゃないんですか?」
「まさか!だってこんなのはただの」

余計だと気付いたのか、彼女は慌てて手で口を覆った。

「とにかく、ホントにごめんなさいっ!!」

大声でそれだけを叫ぶと、まるでボールが跳ねるように飛び出していった。

(馬鹿みたい)

この茶番に、ついには失笑してしまった。
< 24 / 121 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop