合意的不倫関係のススメ
必死で私の足元に縋りつく蒼を見下ろしながら、すっかり乾いた自身の頬に手をやる。私の代わりに彼が泣いているから、そんな気はどこかへいってしまった。

「お願いだから、俺を捨てないで」
「とりあえず、窓開けて」

いい加減、こんな場所の空気を吸い続けていると吐き気がする。私の言葉に、蒼は必死に涙を拭いながら素直に窓を開けた。

(別れたい、わけじゃない)

明日から、隣に蒼がいなくなる。想像しただけで気が狂いそうだった。目の前で裏切り行為を目撃したのに、それでも私は彼を捨てることができない。

嘘吐き、許せない、気持ち悪い、最低。

信じてたのに。

(信じてた…本当に?)

元々私達は、つり合いが取れていない。彼の隣に立ち笑っていても、心の奥ではいつも怯えていた。

きっと私は、いつか蒼に捨てられると。

怯えていたからこそ、彼が私を泣く程必要としてくれていることが、嬉しくて堪らないのだ。

心はばらばらに散ってしまいそうなのに、そこに希望と幸せを注がれたせいで、それができない。

蒼と付き合ってからの二年間、数え切れない程シミュレーションしてきた。その中ではもっともっと、酷いことをたくさんされた。

(それに比べたらまだ、マシなのかも)

だって私に、別れる選択肢が浮かばない。

だったら、こうして泣きながら縋りついている内に許した方が、これからの私にとってもいい方向に働くのではないか。

私は蒼を、許して《《あげる》》と。

(…舐められてはダメ)

頭の中では、未だにあの気色悪い喘ぎ声が頭痛となって私を襲う。ぎり、と奥歯を噛み締めながら、私は膝を折りゆっくりと彼に目線を合わせた。
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