合意的不倫関係のススメ
「蒼」
「茜…」
「蒼を分かってあげられるのは、この世界に私一人だけ」

震える彼の手を取ると、その冷たさに驚く。他の女を自宅で抱いておいてよくもまぁ、と思わなくもないけれど、この際そんなことはどうだっていい。

「蒼は私と、離れたくないの?」
「はっ、離れたくない!俺は…俺は茜を、茜だけを愛してるんだ…っ」
「じゃあ、さっきの(ヒト)とは?」
「あんな、あんな女…会いたくもなかった!もちろん、連絡先だって知らない!」

(会いたくもなかった?自分が呼んだんでしょ?)

意味不明な言い訳だとも思ったけれど、きっと錯乱状態で考えが纏まっていないのだろう。

私は、未だに溢れている彼の大粒の涙を指で掬い取り、自身の目元に塗りつける。それが頬を伝い、乾いた私の心を濡らした。

「凄く、悲しかった」
「茜ごめん、俺…っ」
「だけど私だけは、あなたを見捨てないから。ずっと、傍にいるから」

蒼の涙を借りた、偽物。それでも彼は一層顔を歪めて、心底安堵したように項垂れた。

「蒼」

私は、演じる。まるで聖母のように微笑んで、両手を広げる。

「おいで」

その瞬間、蒼が私の胸に飛び込んでくる。母親に甘える子供だ。彼にも私にも、そんな記憶はないけれど。

「茜、茜、ごめん、ごめん…っ」
「大丈夫だから、もう泣かないで」

蒼は、派手な女が嫌いだった。男に媚びるしか脳のなかった母親を思い出すから、と。

にも関わらず、さっきこの部屋から出て行ったあの女は、私とは正反対の尻の軽そうな見た目。そして扉越しに聞こえてきた、荒々しい彼の罵声。

(そうか、この人は…)

ああ、だとしたらなんて哀れ。

だけど大丈夫。

私がきっと、救ってあげる。

私にしがみついて泣きながら、彼はひたすらに謝罪を繰り返す。

手放すことを覚悟していた温もりは、確かにまだ私の手の中にある。

(私は、選ばれたんだ)

彼の背後にある乱れたベッドが視界に入り、私はそっと瞼を閉じた。
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