合意的不倫関係のススメ
蒼と結婚してからしばらくは、新しい苗字に中々慣れなかった。

「一ノ瀬さん…じゃなかった三笹さんになったんだっけ」
「ややこしくてすみません」

私と二條さんは、紳士服売場への研修の期間が被っていた。この時お互い既に配属は決定していたのだが、我が百貨店では、催事などの際は研修と称し人手不足の課にヘルプに出されることも、新入社員にはよくあることだった。

何度か、昼食も一緒に摂った。

確かこの頃から、ちょくちょくお弁当のおかずを取られていた気がする。

「にしてもその年で結婚なんて、凄いね。俺には考えられないや」
「勢いというか、成り行きですかね」
「旦那さん、確か高校からの付き合いなんでしょ?長く続いてるなんて、よっぽど相性いいんだね」

(相性、か…)

きっと、そういう観点から見れば私達は合っている気がする。生い立ちもそうだけれど、価値観も近い。良くも悪くも。

「ねぇねぇ、スマホに写真とかないの?一ノ瀬さんの旦那さん見たい」
「機種変更したばかりなので入ってないです」

嘘だ。本当はただ、つり合っていないと思われたくないだけ。

というより、どうして二條さんはこんなことばかり聞きたがるのだろう。然程興味もないだろうに。

「じゃあさじゃあさ、旦那さんのどこを好きになって付き合ったの?」

エビフライ定食を頬張りながら、二條さんは目を爛々と光らせている。ちなみに私のお弁当箱にも、彼からもらったエビフライが一本。物々交換だとかなんとか。

(蒼のどこを好きに…)

もう何年も前の記憶を手繰り寄せる。高校のグラウンドで、初めて彼を見かけた時のこと。

この頃はまだ、サッカーのルールさえよく知らなかった。ガツガツとボールを追いかけるのではなく、少し離れた場所で的確に指示を飛ばしている蒼を、かっこいいと思った。

きらきらと光るその瞳に、私を映してほしい。

よく通るその声で、私の名前を呼んでほしい。

仲間達に向けているその笑顔を、私に向けてほしい。

なんて、分不相応な夢を見て。

楽しそうにグラウンドを駆け回る彼の姿を、いつまでも眺めていた。
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