合意的不倫関係のススメ
あれから約十年経った今も、蒼は変わらずに私を愛してくれている。穏やかで優しくて、滅多に怒ることもない。

そんな蒼に見合う女にならなければと、私も必死に努力してきた。それでもきっと周りからは笑われているかもしれないけれど、蒼に綺麗だと思ってもらえればそれでいい。

「茜、行ってくるね」
「行ってらっしゃい、気をつけて」
「茜もね」

ぴかぴかに磨かれたビジネスシューズに靴ベラを差し込んでいる蒼の元へ、私はぱたぱたとスリッパの音を響かせながら駆け寄った。

「今夜、楽しみにしてる」

私の言葉に、蒼はにこりと微笑んで。

「そういうところ、いつまで経っても可愛いな」

チュッと、唇の端にキスを落とした。

彼が出勤してから、私も支度を再開する。朝の食器は彼が洗ってくれたし、今夜は夕飯の支度も必要ないから、後は洗濯を干すだけ。

「本当、完璧よね…」

ふと、自身の唇にそっと触れる。口紅が取れないように、蒼は配慮してくれたのだ。昔から、そういうことが嫌味なくできる人。だから、私と付き合っていても言い寄ってくる女子が後を経たなかった。

もちろん私にとっては付き合うのも初体験も何もかも、蒼が初めて。けれど驚いたのは、彼も《《そう》》だったこと。

蒼にとっても、私が初めての女なのだ。

身支度を終えると、黒のパンプスに足を通す。シューズクローゼットの中には何足も靴があるけれど、その中で《《赤い色の靴》》だけは、ただの一足もなかった。

「行ってきます」

片付けの行き届いた部屋をぐるりと見回し、私は外へと続く玄関のドアを大きく開いた。
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