合意的不倫関係のススメ
ーー

「いらっしゃいませ。本日はどのようなお品をお求めでしょうか?」

この地域では一番規模の大きな老舗百貨店。その地下一階にある食品フロアの和菓子売り場が、私の職場だ。

高校を卒業してすぐ、この百貨店に就職した。勤続九年にもなると立派なベテランで、一度も部署移動を経験したこともない私は大概のことを熟知していた。

「三笹さん、これは…」
「それは一回お客様に確認をとって」
「分かりました」

老舗百貨店ともなると、扱っている和菓子メーカーも名の通った店ばかり。客層も年配もしくは富裕層が多く、扱いには注意しなければならない。

土日祝日が出勤のことも多く、繁忙期には当たり前に残業がある。時間も不規則で大変だけれど、不思議と辞める選択肢は浮かばなかった。

蒼も、続けてもいいと言ってくれているし。

「じゃあ、休憩に行ってきます」

同じ売場の社員達が全員休憩を終えたタイミングで、私も社内バッグを手に持ちそう声をかけた。

「ふぅ…三笹さん行ったね」
「仕事できて凄いけど、ちょっと息つまるね」

(悪口なら、完全に私の姿が見えなくなったところでにしてほしいんだけど)

気分は良くないけれど、こういうことには慣れている。

私は短い溜息を一つ吐くと、振り返ることなくその場を後にした。
< 4 / 121 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop