合意的不倫関係のススメ
蒼とあの女性の接触が成功してから数時間、私はおもむろに携帯を取り出す。エアコンが効き過ぎているのか、指先が堪らなく冷えている。

(私は、どっちを望んでいるんだろう)

必ず私達の家の寝室で事に及ぶようにと、彼女には言い含めてある。そうでなければ、カメラを仕込んだ意味がない。

成功して欲しいのか、失敗して欲しいのか。相反する感情がせめぎ合い、やがて争うことをやめてしまった。幾ら考えても、答えは出ないから。

こうして証拠を残すのは、何の為だろう。いつか別れたいと思った時自身が有利になれるように、なのか。

いや、それは有り得ない。だって別れたくないから、こんな馬鹿なことをしでかしている。

傷つくと分かっていても確認せずにいられないのは、何の為だろう。彼女が私との約束をきちんと果たしたかどうか監視したいから、なのか。

いや、違う。きっと私は、安心したいのだ。

三年前のあの日のように、ただ母親への鬱憤を晴らす為だけに、仕方なく他の女を抱いているのだと。

間違っても愛の言葉を囁きながら、優しいセックスなどしていないと。

「…」

携帯は、仕込んだカメラと連動させている。このアプリを起動させれば、今すぐ様子を確認できる。

(大丈夫。大丈夫。彼が愛してるのは私だけ)

冷えて白くなっている指先で、ボタンをタップする。パッと画面が切り替わり、見慣れた寝室が映し出された。暗視補正も、抜かりはない。

「……っ」

それが目に入った瞬間、反射的に私は携帯を手で払った。ごとりと音を立てて落下したそれを拾い、電源を落とす。

(二人一緒にいた)

あの寝室は、私の居場所だ。あの女がいるのは、本来おかしいことだ。

今からあそこで、蒼は私以外の女を抱く。最後まで見ていようと覚悟した筈なのに、そんなことは到底無理だった。

(死ねばいいのに)

あの女が?蒼が?私が?

分からない。何もかも。分かりたくもない。

「……ぅ、っく、うぅ……っ」

ここが声を出せない場所でよかったと、心底思った。
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