合意的不倫関係のススメ
蒼と別れ食品部の事務所にやってきた私は、詳細を聞いた後、すぐさま行動に映った。
事はどうやら二條さんの担当する顧客のようで、外商部の事務の女性が注文書を作り間違えてしまったらしい。明日会社の創立記念として配る予定の「虎ノ屋」の商品の数が足りないとのことだった。
売場にある分はもう確保してあったので、私は近くの別の百貨店に入っている「虎ノ屋」の店舗に連絡を取り頭を下げた。
毎年、年に二度開催されている「虎ノ屋」の研修のおかげで、私は別の百貨店の販売員とも面識があった。ライバルといえばそうなるのかもしれないけれど、ウチを含め皆友好的でむしろ持ちつ持たれつのような関係性にある。
老舗和菓子屋に配属された者同士、その重圧やプレッシャーを共有し合える理解者のような認識。流行り物とは違い固定客がいる為、顧客の奪い合いも特にないというのも敵対しない要因の一つなのだろう。
私も何度か他の百貨店のトラブルに手を貸したこともあり、今回の件を連絡すると快く売場にあった商品を譲ってくれた。メーカーからの直接仕入れより単価は上がるが、今回は仕方がない。
ご立腹らしい二條さんのお客様にも私が直接連絡を取り、無事商品を揃えたことを伝えた。中小企業の社長で、以前売場にて多少の無理を聞いたことがあり、それ以来何かと私の名前を出すようになったのだ。
まぁ、基本的な注文は外商を通すので二條さんの売上ということになるのだけれど、彼は威張るタイプではなく寧ろ「三笹さんのおかげ」と感謝してくれるので、逆に恐縮してしまうくらいだ。
「流石三笹さん。何とかなって本当によかったわ!」
「いえ、私はできることをしただけです」
主任から向けられた笑顔に、私は表情を変えずにそう返す。正直に言えば、彼女を頼りないと思ってしまうからだ。
ちらりと腕時計を確認すると、もう夕刻に近い。バタバタしていたらすっかり遅くなってしまった。蒼は家に帰らずどこかで時間を潰すと言っていたし、早く連絡しなければ。
「じゃあ、私はそろそろ」
「三笹さん!」
食品事務所の前にて主任に挨拶をして帰ろうとした瞬間、バタバタという足音と共に名前を呼ばれた。
それは二條さんで、スリーピースのスーツ姿が今日もサマになっている。
「今謝罪から帰ってきたところ!ほんっと助かった、ありがとう!」
余程急いだのか、肩を上下させながらはぁはぁと荒い呼吸を繰り返している。
(ミスしたのは事務の子なのに)
相変わらず売場の人間に対しても丁寧な人だ。
「気にしないでください。大したことはしていませんから」
「そんなことないって!もう三笹さんにはマジで助けられっぱなしだから!」
顔の前で両手を合わせ、申し訳なさそうな表情でそう口にする彼を見ながら、私は自然と笑みを溢していた。
(何かいつも全力だな、二條さんって)
「本当に気にしないで」
彼その大きな瞳は何故か、驚いたように見開かれていた。
事はどうやら二條さんの担当する顧客のようで、外商部の事務の女性が注文書を作り間違えてしまったらしい。明日会社の創立記念として配る予定の「虎ノ屋」の商品の数が足りないとのことだった。
売場にある分はもう確保してあったので、私は近くの別の百貨店に入っている「虎ノ屋」の店舗に連絡を取り頭を下げた。
毎年、年に二度開催されている「虎ノ屋」の研修のおかげで、私は別の百貨店の販売員とも面識があった。ライバルといえばそうなるのかもしれないけれど、ウチを含め皆友好的でむしろ持ちつ持たれつのような関係性にある。
老舗和菓子屋に配属された者同士、その重圧やプレッシャーを共有し合える理解者のような認識。流行り物とは違い固定客がいる為、顧客の奪い合いも特にないというのも敵対しない要因の一つなのだろう。
私も何度か他の百貨店のトラブルに手を貸したこともあり、今回の件を連絡すると快く売場にあった商品を譲ってくれた。メーカーからの直接仕入れより単価は上がるが、今回は仕方がない。
ご立腹らしい二條さんのお客様にも私が直接連絡を取り、無事商品を揃えたことを伝えた。中小企業の社長で、以前売場にて多少の無理を聞いたことがあり、それ以来何かと私の名前を出すようになったのだ。
まぁ、基本的な注文は外商を通すので二條さんの売上ということになるのだけれど、彼は威張るタイプではなく寧ろ「三笹さんのおかげ」と感謝してくれるので、逆に恐縮してしまうくらいだ。
「流石三笹さん。何とかなって本当によかったわ!」
「いえ、私はできることをしただけです」
主任から向けられた笑顔に、私は表情を変えずにそう返す。正直に言えば、彼女を頼りないと思ってしまうからだ。
ちらりと腕時計を確認すると、もう夕刻に近い。バタバタしていたらすっかり遅くなってしまった。蒼は家に帰らずどこかで時間を潰すと言っていたし、早く連絡しなければ。
「じゃあ、私はそろそろ」
「三笹さん!」
食品事務所の前にて主任に挨拶をして帰ろうとした瞬間、バタバタという足音と共に名前を呼ばれた。
それは二條さんで、スリーピースのスーツ姿が今日もサマになっている。
「今謝罪から帰ってきたところ!ほんっと助かった、ありがとう!」
余程急いだのか、肩を上下させながらはぁはぁと荒い呼吸を繰り返している。
(ミスしたのは事務の子なのに)
相変わらず売場の人間に対しても丁寧な人だ。
「気にしないでください。大したことはしていませんから」
「そんなことないって!もう三笹さんにはマジで助けられっぱなしだから!」
顔の前で両手を合わせ、申し訳なさそうな表情でそう口にする彼を見ながら、私は自然と笑みを溢していた。
(何かいつも全力だな、二條さんって)
「本当に気にしないで」
彼その大きな瞳は何故か、驚いたように見開かれていた。