合意的不倫関係のススメ
この店が半個室で良かった、なんて。真っ先に思ったのはそんなこと。二條さんを除くたった四人でさえこんなにも場が凍るのだから、これが他の客を巻き込んだものだったらと考えると、恐ろしい。
「すいません、雰囲気悪くしてしまって。花井さんがあまりにも露骨で見ていられなくて」
「わ、私は別に…そんなつもり」
「恋愛は自由だけど、相手に迷惑が掛からないような方法を選んだ方がいいよ」
何とも奇妙な光景だった。二條さんだけはいたって普通で、あまつさえミスした後輩を諭すような表情。その後は、また普通に箸を進めている。
花井さんはそんな彼の右隣で顔を赤くして肩を震わせていた。羞恥か怒りか、綺麗に引かれた眉は吊り上がっていた。二條さんの左隣に座っている花井さんの友人は、どうしたらいいのか分からないといった顔だ。友情を取るか男を取るか、その狭間といったところか。
(何をどう言おう)
私は彼女が嫌いなので、庇うつもりもない。彼の発言は最もだ。けれど、だからといって「もっとやれ」と思う必要もない。
二條さんのおかげで花井さんの視線が蒼から逸れた、そのことだけが嬉しかった。
「別に、彼女にそんなつもりなかったのでは?」
この空気の中で斬り込んだのは、蒼だった。今度は花井さんではなく、私の肩がぴくりと震える。
「えっ、あれがですか?蒼さん完全に狙われてるじゃないですか」
「僕は既婚者ですよ?そんなことは彼女だって分かっているし、モラルだってある。あまり強く責めるのは可哀想ですよ」
「まさか蒼さんが花井さんを庇うとは思わなかったなぁ」
苦笑しつつ、二條さんの視線は何故か私にある。彼の少し茶がかった瞳の奥が、愉快そうに揺れた気がした。
(まさかこの人、わざと…)
もしもそうならば、とんだ腹黒だ。花井さんを攻撃すれば、蒼が庇うと読んだのか。たったこの時間で、蒼の人となりを把握したというのならば。
敵に回すと、恐ろしい人物だということだ。
「蒼さんが今気にするべきは、花井さんじゃなくて三笹さんだと僕は思いますけど」
「…私は別に、彼女に対して何とも感じていません」
「へぇ。だとしたらこれを機に気をつけた方がいいよ」
花井さんの視界にはもう、蒼しか映っていないようだった。庇ってもらえたことへの喜びと期待で、目がきらきらと輝いている。
「二條さんはさぞ女性の扱いに慣れているんでしょうね」
「否定はしません。慣れていない方がいいなんて、そんなこともないですから」
(…おかしい)
蒼の横顔が、別人のように見える。彼のことはこの世界で私が一番、理解しているはずなのに。
「僕達は二條さんが思う以上に理解し合っていますから、心配は要りません」
「それは失礼しました。三笹さんも、ごめんね?」
「…いえ」
徹底して花井さんに謝るつもりはないらしい。まぁ彼女はもう、二條さんなどどうでもいいといった様子だが。
「けれど二條さんの言う通り、これからはもっと気をつけた方がいいみたいだ。世の中には、既婚女性だろうと平気で狙うモラルの欠けた男もいる、って」
「ですね。世の中本当、怖いですから」
そんな締め括りで、緊迫した謎の時間は終わりを告げた。
(今泣いたら、蒼は心配してくれるかな)
二條さんには悪いけど、いよいよ食事の味なんてしなくなった。
「すいません、雰囲気悪くしてしまって。花井さんがあまりにも露骨で見ていられなくて」
「わ、私は別に…そんなつもり」
「恋愛は自由だけど、相手に迷惑が掛からないような方法を選んだ方がいいよ」
何とも奇妙な光景だった。二條さんだけはいたって普通で、あまつさえミスした後輩を諭すような表情。その後は、また普通に箸を進めている。
花井さんはそんな彼の右隣で顔を赤くして肩を震わせていた。羞恥か怒りか、綺麗に引かれた眉は吊り上がっていた。二條さんの左隣に座っている花井さんの友人は、どうしたらいいのか分からないといった顔だ。友情を取るか男を取るか、その狭間といったところか。
(何をどう言おう)
私は彼女が嫌いなので、庇うつもりもない。彼の発言は最もだ。けれど、だからといって「もっとやれ」と思う必要もない。
二條さんのおかげで花井さんの視線が蒼から逸れた、そのことだけが嬉しかった。
「別に、彼女にそんなつもりなかったのでは?」
この空気の中で斬り込んだのは、蒼だった。今度は花井さんではなく、私の肩がぴくりと震える。
「えっ、あれがですか?蒼さん完全に狙われてるじゃないですか」
「僕は既婚者ですよ?そんなことは彼女だって分かっているし、モラルだってある。あまり強く責めるのは可哀想ですよ」
「まさか蒼さんが花井さんを庇うとは思わなかったなぁ」
苦笑しつつ、二條さんの視線は何故か私にある。彼の少し茶がかった瞳の奥が、愉快そうに揺れた気がした。
(まさかこの人、わざと…)
もしもそうならば、とんだ腹黒だ。花井さんを攻撃すれば、蒼が庇うと読んだのか。たったこの時間で、蒼の人となりを把握したというのならば。
敵に回すと、恐ろしい人物だということだ。
「蒼さんが今気にするべきは、花井さんじゃなくて三笹さんだと僕は思いますけど」
「…私は別に、彼女に対して何とも感じていません」
「へぇ。だとしたらこれを機に気をつけた方がいいよ」
花井さんの視界にはもう、蒼しか映っていないようだった。庇ってもらえたことへの喜びと期待で、目がきらきらと輝いている。
「二條さんはさぞ女性の扱いに慣れているんでしょうね」
「否定はしません。慣れていない方がいいなんて、そんなこともないですから」
(…おかしい)
蒼の横顔が、別人のように見える。彼のことはこの世界で私が一番、理解しているはずなのに。
「僕達は二條さんが思う以上に理解し合っていますから、心配は要りません」
「それは失礼しました。三笹さんも、ごめんね?」
「…いえ」
徹底して花井さんに謝るつもりはないらしい。まぁ彼女はもう、二條さんなどどうでもいいといった様子だが。
「けれど二條さんの言う通り、これからはもっと気をつけた方がいいみたいだ。世の中には、既婚女性だろうと平気で狙うモラルの欠けた男もいる、って」
「ですね。世の中本当、怖いですから」
そんな締め括りで、緊迫した謎の時間は終わりを告げた。
(今泣いたら、蒼は心配してくれるかな)
二條さんには悪いけど、いよいよ食事の味なんてしなくなった。