合意的不倫関係のススメ
全くとんだ一日だった。私達は大人なので、後半は何もなかったように食事を進めたけれど。特に私の箸は、ほとんど動かなかった。

「すみません蒼さん。結局お礼にならなくて」
「とんでもない。茜の職場の方々と飲める機会なんて初めてで、新鮮でした」
「ぜひまた行きましょう」

蒼と二條さんの上辺のやり取りが気持ち悪い。この二人は相性が悪いと、今日で確信した。

「蒼さん。今日はありがとうございました。庇っていただけて私嬉しかったです」
「花井さん。これからも茜をよろしくね。誤解されやすいけど、優しい性格だから」
「はい、もちろんです!」
「茜からは職場の話もよく聞いてるから、顔と名前が一致して良かったよ」

妻の私から見ても蒼は素敵な男性だ。花井さんのような利己的な人間は、既婚者だろうときっと関係ない。それに彼女は私を馬鹿にしている節があるから、簡単に奪えると思っているだろう。

「三笹さん、これからもご指導よろしくお願いしますね!」
「…ああ、うん」

(こっちも気持ち悪い)

とっくに社交辞令の意図が切れていた私は、適当に相槌を打つだけ。この茶番が早く終わるようにと、ただ遠くを見つめていた。

「三笹さん。今日はホントにありがとう」
「いえ、私は出来ることをしただけです」
「俺はいつも三笹さんに助けられてる」
「大袈裟ですよ」

二條さんはきっと、とても世渡り上手だと思う。花井さんが気に食わなかったとしても、彼ならもっと上手く諌められたはず。

蒼が花井さんを庇うだろうことを予想していたなら、その目的は。

(私を、傷つける為)

「また、会社で」
「…はい、また」

彼は私のことを心良く思っていないと悟り、ますます信用できなくなった。どういうつもりか知らないけれど、私は蒼と別れる気などない。嫌がらせのつもりなら、それは無駄なことだと言ってやりたい。

3人と別れ、私達は並んで歩き出す。いつも通りに繋ごうとした彼の手の平を、私は半ば無意識のうちにひらりと躱していた。
< 54 / 121 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop