合意的不倫関係のススメ
EP.8「六年前、蒼の過ち」
ーー
「三笹先輩がいてくれると、雰囲気が柔らかくなりますね」
それは確か、同じサッカー部のヤツらがくだらないことで揉めていた時のことだった。俺が仲裁に入った後、荒らされた部室を残って片付けていたのは何故か茜だった。
あまり目立たない立ち位置で、彼女よりももう一人のマネージャーの方が部内では圧倒的に人気があった。けれど俺の中では、茜の好感度の方が高かった。
その時は別に、特別な感情を抱いていた訳ではない。真面目な良い子だと、その位の認識しかなかった。
俺の母親は底辺の人間だと思う。不倫の末に未婚で俺を産み、それでも相手の男に相手にされなかった苛立ちを、全て俺にぶつけた。普段は死なない程度にしか世話をしないくせに、自分の感情が昂ると俺を殴る。
派手な化粧に露出度の高い服装。歩きづらそうな靴に鼻の曲がりそうな量の香水をつけ、夜に活動を始める。
大嫌いだった。早く死ねば良いのにとしか思わなかった。けれど、生きていく為にはこの女の側に居るしか方法がなくて。毎日毎分、どうして俺はこんな女の元に産まれてしまったんだと、目には見えない何かを呪った。
そんな生活を続ける中で、俺が中学に上がる頃あの女は死んだ。俺より良いものを食べ、良い服を着て、良い場所に寝泊まりして殆ど帰っては来なかったあの女は、俺よりも随分先に死んだ。
(ざまあみろ)
身ぐるみを剥がされ山に捨てられていたと、誰だかが言っていた。哀れみも悲しみも一切なく、もっと痛い目に遭ってから死ねばよかったのにとすら思った。
施設では体裁が悪いと思ったのか、祖父母と名乗る年配の夫婦がやってきて、俺を引き取った。明らかに厄介者扱いだったが、最高の環境だった。電気が点き、お湯が出て、腹いっぱいご飯が食べられる。
あの女は俺に、何一つ満足に与えなかった。勝手に産んで、勝手に死んだ。
そんな環境で育てば、性格だって多少歪んでも仕方ない。見てくれだけは良かったあの女に似た、自分の容姿も嫌いだった。それを褒めてくるクラスメイトの女子にも、嫌悪感しか浮かばない。
けれど、俺は繕うことに関しては才能があったようだ。表情など、簡単に偽造できる。
柔らかな態度で躱しつつ、誰かを好きになることも好きになってほしいと思うこともなかった。
「今見せてる俺が全部嘘だって言ったら、一ノ瀬さんどうする?」
俺はあの時どうして、こんな質問をしたのだろう。俺を褒めながらもただ淡々と手を進めるだけの茜の表情を、崩してみたいと思ったのかもしれない。
「嘘だとしても、尊敬しますよ。私にはできないことだから」
彼女になら、曝け出してもいいかもしれないと思った。
そして、その無機質な態度の下に隠された本当の姿を、見たいとも。
「三笹先輩がいてくれると、雰囲気が柔らかくなりますね」
それは確か、同じサッカー部のヤツらがくだらないことで揉めていた時のことだった。俺が仲裁に入った後、荒らされた部室を残って片付けていたのは何故か茜だった。
あまり目立たない立ち位置で、彼女よりももう一人のマネージャーの方が部内では圧倒的に人気があった。けれど俺の中では、茜の好感度の方が高かった。
その時は別に、特別な感情を抱いていた訳ではない。真面目な良い子だと、その位の認識しかなかった。
俺の母親は底辺の人間だと思う。不倫の末に未婚で俺を産み、それでも相手の男に相手にされなかった苛立ちを、全て俺にぶつけた。普段は死なない程度にしか世話をしないくせに、自分の感情が昂ると俺を殴る。
派手な化粧に露出度の高い服装。歩きづらそうな靴に鼻の曲がりそうな量の香水をつけ、夜に活動を始める。
大嫌いだった。早く死ねば良いのにとしか思わなかった。けれど、生きていく為にはこの女の側に居るしか方法がなくて。毎日毎分、どうして俺はこんな女の元に産まれてしまったんだと、目には見えない何かを呪った。
そんな生活を続ける中で、俺が中学に上がる頃あの女は死んだ。俺より良いものを食べ、良い服を着て、良い場所に寝泊まりして殆ど帰っては来なかったあの女は、俺よりも随分先に死んだ。
(ざまあみろ)
身ぐるみを剥がされ山に捨てられていたと、誰だかが言っていた。哀れみも悲しみも一切なく、もっと痛い目に遭ってから死ねばよかったのにとすら思った。
施設では体裁が悪いと思ったのか、祖父母と名乗る年配の夫婦がやってきて、俺を引き取った。明らかに厄介者扱いだったが、最高の環境だった。電気が点き、お湯が出て、腹いっぱいご飯が食べられる。
あの女は俺に、何一つ満足に与えなかった。勝手に産んで、勝手に死んだ。
そんな環境で育てば、性格だって多少歪んでも仕方ない。見てくれだけは良かったあの女に似た、自分の容姿も嫌いだった。それを褒めてくるクラスメイトの女子にも、嫌悪感しか浮かばない。
けれど、俺は繕うことに関しては才能があったようだ。表情など、簡単に偽造できる。
柔らかな態度で躱しつつ、誰かを好きになることも好きになってほしいと思うこともなかった。
「今見せてる俺が全部嘘だって言ったら、一ノ瀬さんどうする?」
俺はあの時どうして、こんな質問をしたのだろう。俺を褒めながらもただ淡々と手を進めるだけの茜の表情を、崩してみたいと思ったのかもしれない。
「嘘だとしても、尊敬しますよ。私にはできないことだから」
彼女になら、曝け出してもいいかもしれないと思った。
そして、その無機質な態度の下に隠された本当の姿を、見たいとも。