合意的不倫関係のススメ
言葉では、上手く説明をつけられない。空気感、受け答え、何気ない仕草。それら全てがなんとなくしっくりときたと、こんな曖昧な表現しかできない。

茜は真面目な優等生だったけれど、どこか他の女子とは雰囲気が違った。達観しているような、諦めているような、とにかく自己主張が少なかった。

誰も見ていない所で細々と働き、それを決して自らの手柄にしようとしない。そんな彼女の控えめな性格が、俺には好印象に映った。

「一ノ瀬さんが作ってくれるドリンクは、加減が絶妙で飲みやすいよ」
「私が作ったって、知ってるんですか?」
「もちろん。いつもありがとう」

大体の部員は、茜よりもその友人であるもう一人のマネージャーに群がっていた。茜とは違い、比較的派手で目立つタイプだったから。ただ単に見た目と要領がいいだけで、実際仕事をこなしていたのは殆ど茜だった。

俺はそれを、周りのヤツらには言わなかった。自分だけが彼女の堅い心の殻を破ってみたいという、邪な感情があったことは否めない。

「…そう言って貰えると嬉しい、です」

初めて見た、照れたようにはにかむ茜の控えめな笑顔。最初のうちは幾ら褒めた所で、そんな社交辞令は要らないとばかりに無機質に返されていただけだったのに。

(この子は俺を、信用してくれてる)

そう感じた瞬間、俺ははっきりと茜への恋心を自覚した。可愛くて堪らなくて、喜ばせる為なら何でもしてあげたかった。

きっと一度や二度告白した程度では、受け入れてもらえないだろう。それでも諦めるつもりはなかったが、俺の予想に反し彼女は一度で告白を受け入れてくれた。

その時の嬉しそうな表情を見て、大袈裟でも何でもなく俺は泣きそうになった。不器用で一生懸命なこの子を一生大切に守り続けたいと、本気で思った。

俺と付き合ったことで茜が女子達から反感を買うだろうことは、想定済みだった。裏でやんわりと諭したり、それが通じない場合は強く脅したりもした。

茜はストレートに感情を表に出すタイプではなかったが、その分素直になった時の彼女の言葉は真実なのだと信じられた。

茜から彼女の親についての告白を受けた時は、正に運命だと思った。俺達は、惹かれ合うべくしてこうなったのだと。もう誰にも、彼女を傷つけさせないと誓った。

俺だけに見せてくれる表情や仕草が、心から愛おしい。彼女の傍にいて、触れられることが何よりの幸せ。

初めて感じた愛情は、俺の心を満たしてくれる。このまま茜といれば俺はきっと幸福に生きていけると、信じて疑わなかった。

けれどアイツが。あの疫病神が。

死んでも尚、俺の足元にしぶとく絡みついていたと気付かされたのは、《《あの》》日だった。
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