合意的不倫関係のススメ
俺達は価値観が似通っていて、茜といると力まず繕わず自然体でいられたから、あっという間に付き合って二年が過ぎた。
俺は大学三年となり、茜は一足先に新社会人となった。大学の寮で生活していた俺は、再来年には茜と同棲がしたいとこつこつ貯金をしていた。もちろん、結婚もしたいと。
女と生涯を共にするなどあり得ないという思考だった自分が、こんなにも彼女と家族になることを望むなんて、思ってもいなかった。
「ごめんね。中々会えなくて」
「寂しいけど仕方ないよ。体にだけは気を付けて、またご飯持ってくから」
「ありがとう、蒼」
電話越しに響く茜の声色は、疲れきっていた。入社してから二週間は新入社員研修、その後は各フロアに仮配属され、彼女の正式な配属先は地下二階の老舗和菓子屋となった。
新入社員がその和菓子屋を担当するのは異例のことらしく、どうして自分が選ばれたのか疑問だと茜は口を尖らせる。
けれど俺は、彼女が優秀だと分かっているから何ら不思議だとは思わなかった。
真面目な茜は、プレッシャーもあるせいか毎日仕事に明け暮れていた。その分俺もバイトを入れ、寂しさを紛らわす。
来年早々に内定を貰えるよう、空き時間には勉強にも励んだ。
(会いたい)
そんな欲望を必死に堪え、心身共にいっぱいいっぱいになっている茜を電話越しに励ます。机上には、大学の講義終わりに旅行会社から取ってきたパンフレットが並んでいた。
数ヶ月後、茜の誕生日がくる。彼女の勤める百貨店は、半年に一度三日ほどの特別休暇が認められているらしい。
落ち着いたら、旅行に誘おう。きっと彼女は、少し申し訳なさそうに眉を下げながらも、嬉しそうにはにかむだろう。
ーーそんな風に過ごしていた折、最悪の出来事が起きる。
「君、三笹蒼君だよね?三笹凛子…君のお母さんにお金貸してたんだけどさぁ。代わりに返してくんないかなぁ」
いかにも社会からあぶれたような風貌の男が、大学前で俺を待ち伏せしていた。
「母は何年も前に他界しました」
「らしいねぇ。でもこれ、借用書。公式のもんじゃねぇけど母印も押してあるし、証拠としては充分だよなぁ」
「僕には関係ありませんので。これ以上付き纏うなら警察に連絡します」
馬鹿馬鹿しい。何で俺があの女の借金なんて返さなければならないのだろう。
冷ややかに一瞥し通り過ぎようとした所で、その男は大声で叫んだ。
「一ノ瀬茜ちゃんだっけぇ!?君が返してくれないなら、あの子に返して貰おうかなぁ!」
その瞬間、全身の血液が沸騰したかのような熱が身体中を駆け巡った。
俺は大学三年となり、茜は一足先に新社会人となった。大学の寮で生活していた俺は、再来年には茜と同棲がしたいとこつこつ貯金をしていた。もちろん、結婚もしたいと。
女と生涯を共にするなどあり得ないという思考だった自分が、こんなにも彼女と家族になることを望むなんて、思ってもいなかった。
「ごめんね。中々会えなくて」
「寂しいけど仕方ないよ。体にだけは気を付けて、またご飯持ってくから」
「ありがとう、蒼」
電話越しに響く茜の声色は、疲れきっていた。入社してから二週間は新入社員研修、その後は各フロアに仮配属され、彼女の正式な配属先は地下二階の老舗和菓子屋となった。
新入社員がその和菓子屋を担当するのは異例のことらしく、どうして自分が選ばれたのか疑問だと茜は口を尖らせる。
けれど俺は、彼女が優秀だと分かっているから何ら不思議だとは思わなかった。
真面目な茜は、プレッシャーもあるせいか毎日仕事に明け暮れていた。その分俺もバイトを入れ、寂しさを紛らわす。
来年早々に内定を貰えるよう、空き時間には勉強にも励んだ。
(会いたい)
そんな欲望を必死に堪え、心身共にいっぱいいっぱいになっている茜を電話越しに励ます。机上には、大学の講義終わりに旅行会社から取ってきたパンフレットが並んでいた。
数ヶ月後、茜の誕生日がくる。彼女の勤める百貨店は、半年に一度三日ほどの特別休暇が認められているらしい。
落ち着いたら、旅行に誘おう。きっと彼女は、少し申し訳なさそうに眉を下げながらも、嬉しそうにはにかむだろう。
ーーそんな風に過ごしていた折、最悪の出来事が起きる。
「君、三笹蒼君だよね?三笹凛子…君のお母さんにお金貸してたんだけどさぁ。代わりに返してくんないかなぁ」
いかにも社会からあぶれたような風貌の男が、大学前で俺を待ち伏せしていた。
「母は何年も前に他界しました」
「らしいねぇ。でもこれ、借用書。公式のもんじゃねぇけど母印も押してあるし、証拠としては充分だよなぁ」
「僕には関係ありませんので。これ以上付き纏うなら警察に連絡します」
馬鹿馬鹿しい。何で俺があの女の借金なんて返さなければならないのだろう。
冷ややかに一瞥し通り過ぎようとした所で、その男は大声で叫んだ。
「一ノ瀬茜ちゃんだっけぇ!?君が返してくれないなら、あの子に返して貰おうかなぁ!」
その瞬間、全身の血液が沸騰したかのような熱が身体中を駆け巡った。