合意的不倫関係のススメ
EP.9「相乗」
ーー
テーブルの上に並べられたそれらは、きっと普通に生活をしていれば一生見ることはない、縁のないものだろう。
「…ごめん、茜。謝って済むことじゃないのは分かってる」
「……」
「夫婦とはいえこんなこと、普通じゃないよな」
確かに、妻のバッグにボイスレコーダーを仕込むなど、普通の夫ならば絶対にしないだろう。
(こんな小さいのもあるんだ)
なんて、どうでもいいところに感心してしまった。こんなものを仕掛ける彼も彼だが、何年も気が付かない私もそれはそれでどうなのだろう。
蒼の告白は、とても一瞬で整理できるものではなかった。六年前の浮気の真相、彼の母親が遺した負の遺産、そして約四年もの間行われていたという、私への盗聴。
常に監視をしていた訳ではないと、蒼は言う。俯き涙を流しながら過去を吐露する彼を見つめながら、私はこれから自分がどうするべきなのかを考える。
(…できない)
私はいつも、そうして生きてきたのに。自身の身に起こった出来事でも俯瞰して、相手が何を求めているのか考察する。そうすれば、大抵のことは上手く回る。自分の感情を優先して事態が好転することなど、殆どあり得ないと知っているのに。
「……っ」
脳が働かない。感情を現す言葉も見つからない。全部がぐちゃぐちゃで、今自分が泣いているのか笑っているのかすら分からなかった。
けれど、一番強く感じているのは。
(…もう、終わりだ)
ボイスレコーダーの隣には、見覚えのある紙袋。彼の手によって中身は出され、私はその映像を初めて目にした。
文字通り蒼は、全てを知っていたのだ。ボイスレコーダーを仕込んでいた彼に、私の浅はかな行動は全てが筒抜けだった。
金で動きそうな風俗嬢を探しコンタクトを取り、パーテーションで仕切られたカフェの隅で念書を書かせた。仕事だと嘘を吐き、寝室にカメラを仕掛け、夫と他の女が情事に耽る状況を作り出した。
どうぞ不倫してください、とお膳立てをした。
蒼の気持ちに寄り添わず、母親への憎しみをセックスでしか発散できないのだと思い込み、更に傷を抉るようなことをしてしまった。
赤いパンプスの、派手な女。彼が嫌悪する人物像そのものの女性を、私が彼に差し向けた。
六年前のあの日の出来事を思い出したくないのは、蒼だって同じだったのに。
「あんたら夫婦って狂ってるよね。お互いに」
「他人に理解される必要なんかない。狂っていようとなんだろうと、俺は茜を愛してるから」
「だったら全部話しちゃえばいーのに。何を隠してるか私は知らないけど、言ってないこといっぱいあるんでしょ?」
「…あんたには関係ない。これ受け取って、茜には何も言うな」
ビデオカメラには、あの時の暴力的なセックスをしている蒼はどこにも映っていなかった。あれは彼の、本当の姿などではない。追い詰められ限界を超えた先の、蒼自身もコントロールできなかった負の塊だったのだ。
私の中では、取るに足らない出来事。取引先の男性から言い寄られ、それを適当にあしらっただけのこと。けれど蒼にとっては、思わず妻の行動を監視してしまう程のことだった。
(私…自分のことばかりだ)
寄り添えなかった。寄り添ってあげられなかった。六年前も三年前も、自分が捨てられるかもしれないとその気持ちばかりが先行し、蒼の気持ちをぐちゃぐちゃに踏み潰した。
そして今私は、また同じ過ちを繰り返してしまった。
「…ごめん、なさい」
「茜…」
「ごめんなさい、ごめ…なさ…っ」
ああ私はどうして、こんなにも愚かなのだろう。
大切な人を大切にする。
たったそれだけで、良かった筈なのに。
テーブルの上に並べられたそれらは、きっと普通に生活をしていれば一生見ることはない、縁のないものだろう。
「…ごめん、茜。謝って済むことじゃないのは分かってる」
「……」
「夫婦とはいえこんなこと、普通じゃないよな」
確かに、妻のバッグにボイスレコーダーを仕込むなど、普通の夫ならば絶対にしないだろう。
(こんな小さいのもあるんだ)
なんて、どうでもいいところに感心してしまった。こんなものを仕掛ける彼も彼だが、何年も気が付かない私もそれはそれでどうなのだろう。
蒼の告白は、とても一瞬で整理できるものではなかった。六年前の浮気の真相、彼の母親が遺した負の遺産、そして約四年もの間行われていたという、私への盗聴。
常に監視をしていた訳ではないと、蒼は言う。俯き涙を流しながら過去を吐露する彼を見つめながら、私はこれから自分がどうするべきなのかを考える。
(…できない)
私はいつも、そうして生きてきたのに。自身の身に起こった出来事でも俯瞰して、相手が何を求めているのか考察する。そうすれば、大抵のことは上手く回る。自分の感情を優先して事態が好転することなど、殆どあり得ないと知っているのに。
「……っ」
脳が働かない。感情を現す言葉も見つからない。全部がぐちゃぐちゃで、今自分が泣いているのか笑っているのかすら分からなかった。
けれど、一番強く感じているのは。
(…もう、終わりだ)
ボイスレコーダーの隣には、見覚えのある紙袋。彼の手によって中身は出され、私はその映像を初めて目にした。
文字通り蒼は、全てを知っていたのだ。ボイスレコーダーを仕込んでいた彼に、私の浅はかな行動は全てが筒抜けだった。
金で動きそうな風俗嬢を探しコンタクトを取り、パーテーションで仕切られたカフェの隅で念書を書かせた。仕事だと嘘を吐き、寝室にカメラを仕掛け、夫と他の女が情事に耽る状況を作り出した。
どうぞ不倫してください、とお膳立てをした。
蒼の気持ちに寄り添わず、母親への憎しみをセックスでしか発散できないのだと思い込み、更に傷を抉るようなことをしてしまった。
赤いパンプスの、派手な女。彼が嫌悪する人物像そのものの女性を、私が彼に差し向けた。
六年前のあの日の出来事を思い出したくないのは、蒼だって同じだったのに。
「あんたら夫婦って狂ってるよね。お互いに」
「他人に理解される必要なんかない。狂っていようとなんだろうと、俺は茜を愛してるから」
「だったら全部話しちゃえばいーのに。何を隠してるか私は知らないけど、言ってないこといっぱいあるんでしょ?」
「…あんたには関係ない。これ受け取って、茜には何も言うな」
ビデオカメラには、あの時の暴力的なセックスをしている蒼はどこにも映っていなかった。あれは彼の、本当の姿などではない。追い詰められ限界を超えた先の、蒼自身もコントロールできなかった負の塊だったのだ。
私の中では、取るに足らない出来事。取引先の男性から言い寄られ、それを適当にあしらっただけのこと。けれど蒼にとっては、思わず妻の行動を監視してしまう程のことだった。
(私…自分のことばかりだ)
寄り添えなかった。寄り添ってあげられなかった。六年前も三年前も、自分が捨てられるかもしれないとその気持ちばかりが先行し、蒼の気持ちをぐちゃぐちゃに踏み潰した。
そして今私は、また同じ過ちを繰り返してしまった。
「…ごめん、なさい」
「茜…」
「ごめんなさい、ごめ…なさ…っ」
ああ私はどうして、こんなにも愚かなのだろう。
大切な人を大切にする。
たったそれだけで、良かった筈なのに。