合意的不倫関係のススメ
今日の昼休憩はなんとなく、社食でのいつもの定位置である奥の隅とは違う場所に座った。一人で黙々と弁当を食べ、化粧室に向かう。
あの事務の子を気にしている訳ではないし、二條さんが私を気にしているなんて可能性も殆どないだろう。
そもそも外商部に所属している二條さんとここで出会うことも、ごく低い確率なのだ。座る席など、変える必要はなかったと思った。
化粧室は全フロアのバックヤードに何箇所か設置されている。中でも食堂に近いこの場所は、いつの時間帯もそれなりに混んでいる。
「ええ、それ本当?」
「らしいよ、私だけじゃなくて他の子も呼び出されたって言ってたし。しかもちょっと話してただけで、理由こじつけられたって」
「でもあの子って二條さんの彼女じゃないんでしょ?怖過ぎるんだけど」
私の隣に座っている女子社員二人は、小声で噂話をしている。けれどこの距離だと、自然と私の耳にも入ってきた。それに“二條”という名前に、思わず反応してしまったのも事実だ。
「でもさぁ、もしかして二條さんにやり捨てされてたりして…」
「あー分かる、しそうだもんね。イケメンだけど、結婚相手にするにはリスク有りそう」
「人当たりもいいけど、ああいう人に限って裏がえげつなかったりするんだって」
「そういえば知ってる?婦人服の係長も…」
(…他人はこういうものだよね)
どんなに愛想よく紳士的に振る舞っていても、人は何かしら噂をしたがる生き物だ。特に私はこの性分と恋人が蒼だったこともあって、影口などきっと数えきれない程叩かれている筈だ。
私よりも先に席を立って行った二人の会話を、頭の中で反芻する。話に上がっていた《《あの子》》というのは、二條さんの名前と私がこの間呼び出されたことを加味すると、きっと外商部の事務の子のことだろう。
呼び出され不躾に牽制されたのは、私だけではなかったということか。
(…好きになるって、怖いな)
人を好きになるというのは、いい面も悪い面もある。彼女の人となりを私はよく知らないけれど、花井さんのように好き好んで暴走するような性分にも見えなかった。
どうしてなのか、自分にも分からない。愛しているという感情と、捨てられたくないという感情。隠と陽がない交ぜになり、制御不可能になる。
その危うさは、私自身が身を以て実感している。
(これからは、気をつけないと)
暴走し、再び蒼に辛い思いをさせる訳にはいかないのだから。
そう決意しながらも、鏡に映る自身をぼうっと見つめていると、何故か一瞬別人のように見えた気がして、私はぶるりと背筋を震わせたのだった。
あの事務の子を気にしている訳ではないし、二條さんが私を気にしているなんて可能性も殆どないだろう。
そもそも外商部に所属している二條さんとここで出会うことも、ごく低い確率なのだ。座る席など、変える必要はなかったと思った。
化粧室は全フロアのバックヤードに何箇所か設置されている。中でも食堂に近いこの場所は、いつの時間帯もそれなりに混んでいる。
「ええ、それ本当?」
「らしいよ、私だけじゃなくて他の子も呼び出されたって言ってたし。しかもちょっと話してただけで、理由こじつけられたって」
「でもあの子って二條さんの彼女じゃないんでしょ?怖過ぎるんだけど」
私の隣に座っている女子社員二人は、小声で噂話をしている。けれどこの距離だと、自然と私の耳にも入ってきた。それに“二條”という名前に、思わず反応してしまったのも事実だ。
「でもさぁ、もしかして二條さんにやり捨てされてたりして…」
「あー分かる、しそうだもんね。イケメンだけど、結婚相手にするにはリスク有りそう」
「人当たりもいいけど、ああいう人に限って裏がえげつなかったりするんだって」
「そういえば知ってる?婦人服の係長も…」
(…他人はこういうものだよね)
どんなに愛想よく紳士的に振る舞っていても、人は何かしら噂をしたがる生き物だ。特に私はこの性分と恋人が蒼だったこともあって、影口などきっと数えきれない程叩かれている筈だ。
私よりも先に席を立って行った二人の会話を、頭の中で反芻する。話に上がっていた《《あの子》》というのは、二條さんの名前と私がこの間呼び出されたことを加味すると、きっと外商部の事務の子のことだろう。
呼び出され不躾に牽制されたのは、私だけではなかったということか。
(…好きになるって、怖いな)
人を好きになるというのは、いい面も悪い面もある。彼女の人となりを私はよく知らないけれど、花井さんのように好き好んで暴走するような性分にも見えなかった。
どうしてなのか、自分にも分からない。愛しているという感情と、捨てられたくないという感情。隠と陽がない交ぜになり、制御不可能になる。
その危うさは、私自身が身を以て実感している。
(これからは、気をつけないと)
暴走し、再び蒼に辛い思いをさせる訳にはいかないのだから。
そう決意しながらも、鏡に映る自身をぼうっと見つめていると、何故か一瞬別人のように見えた気がして、私はぶるりと背筋を震わせたのだった。