合意的不倫関係のススメ
瀬良さんに言われた通りの品物と数を用意し、外商部まで届けに行く。事務所は凄まじい喧騒だったけれど、私に気付いた瀬良さんがこちらに近寄ってきた。
「三笹さん、ありがとう」
「金額等は後程FAX送ります」
「助かるよ。まさかあの二條がこんな、ねぇ」
「…」
あまりよく知らないけれど、瀬良さんと二條さんは仲が良さそうに見えた。けれど今の彼の表情はどことなく愉しんでいるようにも見え、私は内心強い嫌悪感を抱いた。
「じゃあ、急ぐから」
「はい、失礼します」
これ以上私がここにいても、何の役にも立たない。誰に向けてでもなく軽く会釈をして、そこを後にした。
今にも降り出しそうな曇天の空を見上げ、私は二條さんのことを思い浮かべる。
礼儀正しく誰にでも分け隔てなく接する、外商部のホープ。へらへらとしていて掴みどころがなく、いつも本音が見えない。
(きっと彼のことだから、上手く乗り切るんだろうな)
私にとっては他人事だ。深く詮索する気も関わる気もない。
けれど何故か私は、目の前の信号が青に変わってからもしばらく、薄暗い空をただ眺めていた。
「三笹さん、どうだった?」
「さあ…あまり詳しくは聞いていないので」
「外商は特に大変よね。お客様のご機嫌を取り損なったら、どうしようもないから」
「そうですね」
悩ましげな表情を見せる主任に、私は同調する。これだけの社員数、しかも接客業となればこういったトラブルも割と頻繁に起こる。
大理石の床、一階フロアに置かれたグラウンドピアノ、華やかな装いの社員達、取り揃えられた一流ブランド。表舞台を輝かせれば輝かせる程、その裏の影は色を濃くしていく。
足の引っ張り合い、顧客の取り合い、プライドのぶつかり合い、陰湿な嫌がらせ。いい歳の大人達程やっていることは分別を知らない幼稚な子供と同じ。
噂話に興味を持たない私は溢れた存在で、目立つことがないから嫌がらせをされることも少ない。ただ淡々と仕事をこなす、つまらない一社員。
けれど、それは当たり前のことだ。職場には、仕事をしに出勤している。自尊心や承認欲求を満たす為ではない。
「私、いつか何かあるだろうなって思ってたんだよねぇ。私の友達だって、二條さんのせいでああなっちゃったんだし。結局、上手くやれてると思ってたのは本人だけでさぁ」
花井さんは以前二條さんに釘を刺されたことを根に持っているからなのか、ここぞとばかりに嬉々として悪口を吹聴している。
(…天罰下ればいいのに)
普段なら誰が何を話していようが、気にもならないのだけれど。
仕事もせずにこにこと楽しそうな花井さんを見ながら、彼女の契約更新の査定時期には思いきり評価を下げるよう進言してやろうと、内心鼻を鳴らした。
「三笹さん、ありがとう」
「金額等は後程FAX送ります」
「助かるよ。まさかあの二條がこんな、ねぇ」
「…」
あまりよく知らないけれど、瀬良さんと二條さんは仲が良さそうに見えた。けれど今の彼の表情はどことなく愉しんでいるようにも見え、私は内心強い嫌悪感を抱いた。
「じゃあ、急ぐから」
「はい、失礼します」
これ以上私がここにいても、何の役にも立たない。誰に向けてでもなく軽く会釈をして、そこを後にした。
今にも降り出しそうな曇天の空を見上げ、私は二條さんのことを思い浮かべる。
礼儀正しく誰にでも分け隔てなく接する、外商部のホープ。へらへらとしていて掴みどころがなく、いつも本音が見えない。
(きっと彼のことだから、上手く乗り切るんだろうな)
私にとっては他人事だ。深く詮索する気も関わる気もない。
けれど何故か私は、目の前の信号が青に変わってからもしばらく、薄暗い空をただ眺めていた。
「三笹さん、どうだった?」
「さあ…あまり詳しくは聞いていないので」
「外商は特に大変よね。お客様のご機嫌を取り損なったら、どうしようもないから」
「そうですね」
悩ましげな表情を見せる主任に、私は同調する。これだけの社員数、しかも接客業となればこういったトラブルも割と頻繁に起こる。
大理石の床、一階フロアに置かれたグラウンドピアノ、華やかな装いの社員達、取り揃えられた一流ブランド。表舞台を輝かせれば輝かせる程、その裏の影は色を濃くしていく。
足の引っ張り合い、顧客の取り合い、プライドのぶつかり合い、陰湿な嫌がらせ。いい歳の大人達程やっていることは分別を知らない幼稚な子供と同じ。
噂話に興味を持たない私は溢れた存在で、目立つことがないから嫌がらせをされることも少ない。ただ淡々と仕事をこなす、つまらない一社員。
けれど、それは当たり前のことだ。職場には、仕事をしに出勤している。自尊心や承認欲求を満たす為ではない。
「私、いつか何かあるだろうなって思ってたんだよねぇ。私の友達だって、二條さんのせいでああなっちゃったんだし。結局、上手くやれてると思ってたのは本人だけでさぁ」
花井さんは以前二條さんに釘を刺されたことを根に持っているからなのか、ここぞとばかりに嬉々として悪口を吹聴している。
(…天罰下ればいいのに)
普段なら誰が何を話していようが、気にもならないのだけれど。
仕事もせずにこにこと楽しそうな花井さんを見ながら、彼女の契約更新の査定時期には思いきり評価を下げるよう進言してやろうと、内心鼻を鳴らした。