もう一度、君を待っていた【完結】
♢♢♢
その後、まりちゃんは早退してしまった。
まりちゃんがいなくなると同時に仲良くしていたであろう加藤さんや、美里ちゃん、茜ちゃんを中心に彼女の悪口を言っていた。
いじめていた主犯格の子がそんなふうに言われても同情はしなかった。
でも、気分のいいものでもない。先ほどまで仲良くしていたのに、簡単に悪口を言える関係なのだと思った。
それは、本当の友人なのだろうか。
波多野君はあの件があっても普通で、他の男の子も彼に何事もなかったように話しかける。
放課後になった。
私はいつもよりも足取りが軽くて、心も軽くて、体に張り付いていた鉛が一つ一つ剝がれ落ちていくのを感じながら長い廊下を歩いていた。
「一緒に帰ろう」
背後から私の名前を呼ぶ声が聞こえて私は足を止めた。
走ってきたのか、息が切れている。胸を上下に揺らしている彼を見て意外に体力がないのかなと思った。
普通は男女が一緒に登下校をしていたら“付き合っている”とかそういう噂が出てくるから本当にそういう関係じゃない限り、しないとは思う。
でも、彼は“社交的”だからそういう感じなのかもしれない。
昇降口を抜け、二人で肩を並べて歩く。心なし、波多野君の歩くスピードが遅い。
「今日は…ありがとう」
「何が?言いたいこと言ったのはみずきじゃん。俺は何もしてない」
そんなことはない。私に話す“きっかけ”を作ってくれた。
彼がいなかったら一生教室へ行けないような気がした。
「どうしてまりちゃんの机を倒したの?」
風が強くて結んでいない髪が四方八方に揺れる。プリーツスカートも同様にして舞い上がるから手で押さえた。
波多野君は、それに目線がいかないように遠くを見つめたまま、言った。
「なんとなく、ありそうな気がしたんだ。もし絵具がなくても謝ればなんとかなるかなって」
「そうなんだ…ありがとう。私、保健室へ逃げ込んだ後、教室へ戻る選択をしてよかったって思った。波多野君の言う通りだね。後悔しない選択をしたい」
彼の方へ顔を向けると、波多野君は太陽のように明るくて、優しくて、温かい顔をしていた。
それはよかった、そう言った。
「あー、そうだ。俺だけ名前で呼ぶの変じゃない?みずきも朝陽って呼んでよ」
「…あ、うん…でも、恥ずかしいなぁ。距離が近い感じがしない?私だけかな」
恥ずかしくなって伏し目がちにそう言った。
波多野君は顔色一つ変えずに私のことを名前で呼ぶ。それが慣れない。妙にくすぐったい。
「距離が近い感じか。いいね、それ。ほら、もう俺たち友達じゃん。だから距離は近い方だと思うけどな」
まだ慣れないけれど、そう呼べるようにしようと思った。
「駅に行く前に、ちょっと寄っていかない?」
どこへ?と訊くと、学校の近くに美味しいソフトクリームがあるらしい。友達のいない私は知らなかったけど、近隣の学生の間では人気だとか。
「そうなんだ!知らなかったよ。たべてから帰ろう。すごいね。転校してきたばかりなのに、情報通だ」
「SNSとかでね、知った」
帰る前に、人気のソフトクリーム屋に行ってそれを食べながら帰った。
私はチョコとバニラのミックスで、波多野君は抹茶味を選んだ。
とても美味しくて、あとトッピングも追加料金で増やせるからSNSなどで流行るのも分かる気がする。
見た目も可愛いし、美味しい。
波多野君と出会って私の人生が変わったような気がする。私自身も少しずつ変われるような気がする。
だけど…―。
私は彼に何をしてあげられるのだろう。これだけのことをしてもらって、私は何一つ返せていない。
そして、もう一つ。
「波多野君…あ、じゃなくて、朝陽君」
「どうしたの?」
「…体調は、大丈夫?」
どうして?と言って笑う彼に私も作り笑いを浮かべた。
この時ほど、自分の能力が嘘だったらいいのにと思ったことはない。
波多野君の頭上には“16”と変わらず浮かんでいる。
このままいくと、彼は17歳になる前に死んでしまう。
その後、まりちゃんは早退してしまった。
まりちゃんがいなくなると同時に仲良くしていたであろう加藤さんや、美里ちゃん、茜ちゃんを中心に彼女の悪口を言っていた。
いじめていた主犯格の子がそんなふうに言われても同情はしなかった。
でも、気分のいいものでもない。先ほどまで仲良くしていたのに、簡単に悪口を言える関係なのだと思った。
それは、本当の友人なのだろうか。
波多野君はあの件があっても普通で、他の男の子も彼に何事もなかったように話しかける。
放課後になった。
私はいつもよりも足取りが軽くて、心も軽くて、体に張り付いていた鉛が一つ一つ剝がれ落ちていくのを感じながら長い廊下を歩いていた。
「一緒に帰ろう」
背後から私の名前を呼ぶ声が聞こえて私は足を止めた。
走ってきたのか、息が切れている。胸を上下に揺らしている彼を見て意外に体力がないのかなと思った。
普通は男女が一緒に登下校をしていたら“付き合っている”とかそういう噂が出てくるから本当にそういう関係じゃない限り、しないとは思う。
でも、彼は“社交的”だからそういう感じなのかもしれない。
昇降口を抜け、二人で肩を並べて歩く。心なし、波多野君の歩くスピードが遅い。
「今日は…ありがとう」
「何が?言いたいこと言ったのはみずきじゃん。俺は何もしてない」
そんなことはない。私に話す“きっかけ”を作ってくれた。
彼がいなかったら一生教室へ行けないような気がした。
「どうしてまりちゃんの机を倒したの?」
風が強くて結んでいない髪が四方八方に揺れる。プリーツスカートも同様にして舞い上がるから手で押さえた。
波多野君は、それに目線がいかないように遠くを見つめたまま、言った。
「なんとなく、ありそうな気がしたんだ。もし絵具がなくても謝ればなんとかなるかなって」
「そうなんだ…ありがとう。私、保健室へ逃げ込んだ後、教室へ戻る選択をしてよかったって思った。波多野君の言う通りだね。後悔しない選択をしたい」
彼の方へ顔を向けると、波多野君は太陽のように明るくて、優しくて、温かい顔をしていた。
それはよかった、そう言った。
「あー、そうだ。俺だけ名前で呼ぶの変じゃない?みずきも朝陽って呼んでよ」
「…あ、うん…でも、恥ずかしいなぁ。距離が近い感じがしない?私だけかな」
恥ずかしくなって伏し目がちにそう言った。
波多野君は顔色一つ変えずに私のことを名前で呼ぶ。それが慣れない。妙にくすぐったい。
「距離が近い感じか。いいね、それ。ほら、もう俺たち友達じゃん。だから距離は近い方だと思うけどな」
まだ慣れないけれど、そう呼べるようにしようと思った。
「駅に行く前に、ちょっと寄っていかない?」
どこへ?と訊くと、学校の近くに美味しいソフトクリームがあるらしい。友達のいない私は知らなかったけど、近隣の学生の間では人気だとか。
「そうなんだ!知らなかったよ。たべてから帰ろう。すごいね。転校してきたばかりなのに、情報通だ」
「SNSとかでね、知った」
帰る前に、人気のソフトクリーム屋に行ってそれを食べながら帰った。
私はチョコとバニラのミックスで、波多野君は抹茶味を選んだ。
とても美味しくて、あとトッピングも追加料金で増やせるからSNSなどで流行るのも分かる気がする。
見た目も可愛いし、美味しい。
波多野君と出会って私の人生が変わったような気がする。私自身も少しずつ変われるような気がする。
だけど…―。
私は彼に何をしてあげられるのだろう。これだけのことをしてもらって、私は何一つ返せていない。
そして、もう一つ。
「波多野君…あ、じゃなくて、朝陽君」
「どうしたの?」
「…体調は、大丈夫?」
どうして?と言って笑う彼に私も作り笑いを浮かべた。
この時ほど、自分の能力が嘘だったらいいのにと思ったことはない。
波多野君の頭上には“16”と変わらず浮かんでいる。
このままいくと、彼は17歳になる前に死んでしまう。