水の神女と王印を持つ者~婚約破談のために旅に出た幼女は出会った美麗の青年に可愛がられてます~
 蒼子が目を開けるとそこは川底のような場所だった。

 コポコポと空気の弾が水中で小さく爆ぜる音がする。
 見上げると天から温かな光が差し込み、世界を明るく照らしている。

 少しの浮遊感に戸惑いながら辺りに視線を巡らせると小さな魚が目の前を通り過ぎた。

 蒼子が手を伸ばせば、魚達は驚いたように逃げていく。足元には水中で生息する水草や石に生えた苔の緑がとても鮮やかで、葉に付着した細かい空気の泡を指でなぞると葉から離れて天井へと昇って行く。

 息苦しさを感じない不思議な世界だ。

「夢か……」

 葉に触れた質感や川底を足で踏み締める感触はやけに現実的だが、流石に寝ている間に川に投げ込まれたなどという展開はない。

 透明度の高い川の底は火照った身体を冷ましてくれるような涼しさと、干からびた身体に沁みるうるおいを感じてとても心地良い。

 蒼子は穏やかな水流に沿って歩き出した。まるで何かが呼んでいるような気がして、自然と足が動き出す。

 歩いていると目の前に白い蛇が現れた。

「わっ、蛇だ」

 赤いつぶらな瞳を持つ白い蛇が蒼子を観察するように蒼子の周りを一周する。小さいが白い美しい鱗は艶やかで、不思議と清い気配を纏っている。

 蒼子の元から離れ、こちらを振り向いたり、進んだりを繰り返す。

「ついて来いって?」

 まるで蒼子を導くかのような行動に蒼子は戸惑いながらも白蛇の後につづいた。
歩いていくと少し先に魚の群れが旋回しているのが見えた。

魚の群れだけでなく、鯉のように大きな魚や小さな蟹もいる。
水中の生き物達が何かを囲むように集まっているのだ。

生き物達の中心に誰かがうずくまっている姿が見えた。蒼子を導いた白蛇蒼子の元を離れてその中心に向かって行ってしまった。

その中心から不思議な気配を感じ取った蒼子はもう少し近づいて様子を窺うことにした。

生き物達がその人物を気遣うように付かず離れず、あるいは岩や草の影から様子を窺っているように思えた。

『すんっ……シクシク』

 何やら鼻を啜るような、胸の空気が詰まるような音が聞こえる。

 しゃくりあげるような、悲しみを堪えるような震える声が蒼子の耳に届く。

 蒼子がゆっくり近づくと、生き物達は蜘蛛の子を散らすように遠ざかる。
 すると小さな子供が一人、背の高い水草の影から姿を現した。

「泣いてるの……?」

 蒼子はうずくまって小さくなった背中に声を掛けた。

 ビクッと驚き、肩が跳ねる。
 そしてそろそろと蒼子の方を振り返った。

 蒼子は息を飲んだ。

 白く光沢のある長い髪、少女のような少年のような愛らしい顔立ちは人形のように整っていて、肌は色素が抜けたように白く、黄金色に輝く瞳は潤んでいて涙を流している。

 そして肌で感じることのできる特異な気配。

 その神々しさと異質な外見は人の世を生きる者達とは全く違う。

 なるほど……。道理で。心地が良い空間だと思ったのよね。

「初めてお目に掛かります」

 蒼子は膝を着き、手を差し出した。

「何故、そのように泣いておられるのですか?」

 瞼は赤く腫れ、鼻水が口元まで落ちているのを見ると、一人で長い間
悲しみに暮れていたのではないかと思われた。

 天功の話を聞いて想像した姿とは大分異なるが間違いない。

 蒼子は確信していた。

 この美しく神々しい白人の子が竜神であると。

「そのように手を差し出してお前のような小娘に何ができる」

 その一言に蒼子は凍りついた。


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