水の神女と王印を持つ者~婚約破談のために旅に出た幼女は出会った美麗の青年に可愛がられてます~
終章
狭まる視界の中で鳳珠は女神を見た。
月も恥じらうような美しさに、凛とした佇まい、神秘的な空気を纏い、鳳珠の前に現れた。
幻が視えた。
凜抄の毒牙にかかり、自分は死ぬのかも知れない。
蒼子は大丈夫だろうか?
双子には何としても蒼子を助け出せと命じてある。
自分が時間を稼いでいる間に何としても蒼子を見つけ出すのだと。
もしかしたら蒼子との再会は叶わないのかもしれない。
毒にうなされる自分を女神は冷ややかなに見下ろした。
愚か者め、そう言われている気がした。
女神は『盛るどころか萎えて一生機能しなくなるぞ』などと恐ろしいことを口にする。
女神がそんなことを言うわけがない。
きっとこの者は女神でなく死神なのだ。
自分の命を刈り取りに現れたに違いない。
女神の美しい容貌が近付くにつれ、鳳珠は身体が凍りついたように動かなくなる。
鳳珠は口惜しくもそこで意識を手放した。
再び目を開けるとそこには既に女神はおらず、蒼子の身に危険が迫っていた。
その光景を目にした瞬間に反射的に身体が動いた。
小さい身体に小さい顔、その愛らしさは何度も抱き上げた蒼子のもので間違いない。
絶対に離さない。
この娘に近付くことは許さない。
蒼子を失うこと以上に恐ろしいことは今までになかった。
この娘に降りかかる厄災は全て退け、守りたい。
そう強く思ったのを最後に鳳珠は再び、意識を失った。
一体、どういう状況だ?
目覚めは清々しいものではなかった。
寝台の横には青年が手足を組んで自分を睨み付けている。
年齢は鳳珠と同じぐらいか、少し年上に見える。
そして凄く偉そうな態度である。
「……誰だ?」
黒い髪を後ろでまとめ、整った顔立ちに涼し気な目元が誰かに似ている気がする。
自信と威厳、風格を持ち、どこか色っぽい。
凜抄が気に入ったのが自分ではなく、この男ならば良かったのに。
そんな風に考えていると不機嫌な態度を全身で示し、青年は口を開く。
「ふん、目覚めたか」
「……私は……はっ、蒼子は⁉」
勢いよく起き上がり、鳳珠は言う。
未だにズキズキする頭を押さえ、周辺を見渡す。
「気安く呼ぶな。小僧」
「こ、小僧だと⁉」
「子供達からは恩があると聞いている。その恩には報いねばと思っていたが私はその必要性を感じない」
青年は立ち上がり、鳳珠に背を向ける。
「は? 何のことだ? それよりも、蒼子は無事なのか?」
「無事だ。あと数日で王都に着くだろう」
「何だって?」
「そのままの意味だ。蒼子は王宮の神殿に戻る」
「神殿……だと?」
やはり、蒼子は神女だったのか? 自分が眠っている間に何があった?
寝起きだからか、うまく思考がまとまらない。
「娘が世話になった礼として警告しておく」
「娘だと?」
この男が蒼子の父親なのか?
確かに蒼子ぐらいの幼い子供がいてもおかしくないように思うが、まさかこの男が蒼子の父親だと?
言いたいことは色々あったはずなのに、この男の異様な威圧感に言葉が出ない。
刺すような視線と雰囲気が鳳珠を攻撃してくる。
「王印の力はいつの世も争いの火種となる」
その言葉に鳳珠は息を飲む。
そして右目に眼帯を着けていないことに気付く。
鳳珠の右目に宿る鳳凰はこの国の象徴。
世界を創造した三人の女神達は非常に気紛れで、その強力な力で世界を破壊しようともする。
女神の力に対抗できる唯一の力が王印の無効化の力だ。
受け継がれてきた王印は神官神女達への唯一の抑制力である。
「せいぜい利用されないことです、皇子よ」
最後だけ敬語を使い、青年は部屋を出て行く。
一人残された鳳珠は無意識に右目に触れる。
自分の宿命から逃れるため、鳳珠は城を出た。
右目の視力を突如失い、鏡に映る自分に鳳凰が現れたあの日の絶望を鳳珠は昨日のことのように覚えている。
利用か……。
先ほどの青年の言葉を鳳珠の胸の中で反芻する。
幼い頃から自分を利用しようとする大人達の視線が大嫌いだった。
狭い檻の中にいるようで息が詰まり、外の世界に憧れ、何も考えずに城を飛び出した。
蒼子を町へ連れ出した時の、あの好奇心に満ちたキラキラと輝く瞳が城を飛び出して広い世界を目にした時の自分と重なった。
だから蒼子に同情した。
窮屈な世界から解き放ち、自由に伸び伸びと健やかに育って欲しいと。
しかし幼い蒼子が神女としての宿命に向き合っているというのに、自分は何だ?
「このままでは蒼子にけなされる」
冷たい目で小生意気なことを言うに違いない。
鳳珠は立ち上がり、窓の外に視線を向ける。
先ほどの青年が馬に跨り、天功と言葉を交わして去って行く。
青年と一瞬だけ視線が交わるが嫌そうな顔をして逸らされた。
「逃げてばかりはいられないな」
鳳珠は一つの決意を胸に立ち上がり、部屋を出た。
月も恥じらうような美しさに、凛とした佇まい、神秘的な空気を纏い、鳳珠の前に現れた。
幻が視えた。
凜抄の毒牙にかかり、自分は死ぬのかも知れない。
蒼子は大丈夫だろうか?
双子には何としても蒼子を助け出せと命じてある。
自分が時間を稼いでいる間に何としても蒼子を見つけ出すのだと。
もしかしたら蒼子との再会は叶わないのかもしれない。
毒にうなされる自分を女神は冷ややかなに見下ろした。
愚か者め、そう言われている気がした。
女神は『盛るどころか萎えて一生機能しなくなるぞ』などと恐ろしいことを口にする。
女神がそんなことを言うわけがない。
きっとこの者は女神でなく死神なのだ。
自分の命を刈り取りに現れたに違いない。
女神の美しい容貌が近付くにつれ、鳳珠は身体が凍りついたように動かなくなる。
鳳珠は口惜しくもそこで意識を手放した。
再び目を開けるとそこには既に女神はおらず、蒼子の身に危険が迫っていた。
その光景を目にした瞬間に反射的に身体が動いた。
小さい身体に小さい顔、その愛らしさは何度も抱き上げた蒼子のもので間違いない。
絶対に離さない。
この娘に近付くことは許さない。
蒼子を失うこと以上に恐ろしいことは今までになかった。
この娘に降りかかる厄災は全て退け、守りたい。
そう強く思ったのを最後に鳳珠は再び、意識を失った。
一体、どういう状況だ?
目覚めは清々しいものではなかった。
寝台の横には青年が手足を組んで自分を睨み付けている。
年齢は鳳珠と同じぐらいか、少し年上に見える。
そして凄く偉そうな態度である。
「……誰だ?」
黒い髪を後ろでまとめ、整った顔立ちに涼し気な目元が誰かに似ている気がする。
自信と威厳、風格を持ち、どこか色っぽい。
凜抄が気に入ったのが自分ではなく、この男ならば良かったのに。
そんな風に考えていると不機嫌な態度を全身で示し、青年は口を開く。
「ふん、目覚めたか」
「……私は……はっ、蒼子は⁉」
勢いよく起き上がり、鳳珠は言う。
未だにズキズキする頭を押さえ、周辺を見渡す。
「気安く呼ぶな。小僧」
「こ、小僧だと⁉」
「子供達からは恩があると聞いている。その恩には報いねばと思っていたが私はその必要性を感じない」
青年は立ち上がり、鳳珠に背を向ける。
「は? 何のことだ? それよりも、蒼子は無事なのか?」
「無事だ。あと数日で王都に着くだろう」
「何だって?」
「そのままの意味だ。蒼子は王宮の神殿に戻る」
「神殿……だと?」
やはり、蒼子は神女だったのか? 自分が眠っている間に何があった?
寝起きだからか、うまく思考がまとまらない。
「娘が世話になった礼として警告しておく」
「娘だと?」
この男が蒼子の父親なのか?
確かに蒼子ぐらいの幼い子供がいてもおかしくないように思うが、まさかこの男が蒼子の父親だと?
言いたいことは色々あったはずなのに、この男の異様な威圧感に言葉が出ない。
刺すような視線と雰囲気が鳳珠を攻撃してくる。
「王印の力はいつの世も争いの火種となる」
その言葉に鳳珠は息を飲む。
そして右目に眼帯を着けていないことに気付く。
鳳珠の右目に宿る鳳凰はこの国の象徴。
世界を創造した三人の女神達は非常に気紛れで、その強力な力で世界を破壊しようともする。
女神の力に対抗できる唯一の力が王印の無効化の力だ。
受け継がれてきた王印は神官神女達への唯一の抑制力である。
「せいぜい利用されないことです、皇子よ」
最後だけ敬語を使い、青年は部屋を出て行く。
一人残された鳳珠は無意識に右目に触れる。
自分の宿命から逃れるため、鳳珠は城を出た。
右目の視力を突如失い、鏡に映る自分に鳳凰が現れたあの日の絶望を鳳珠は昨日のことのように覚えている。
利用か……。
先ほどの青年の言葉を鳳珠の胸の中で反芻する。
幼い頃から自分を利用しようとする大人達の視線が大嫌いだった。
狭い檻の中にいるようで息が詰まり、外の世界に憧れ、何も考えずに城を飛び出した。
蒼子を町へ連れ出した時の、あの好奇心に満ちたキラキラと輝く瞳が城を飛び出して広い世界を目にした時の自分と重なった。
だから蒼子に同情した。
窮屈な世界から解き放ち、自由に伸び伸びと健やかに育って欲しいと。
しかし幼い蒼子が神女としての宿命に向き合っているというのに、自分は何だ?
「このままでは蒼子にけなされる」
冷たい目で小生意気なことを言うに違いない。
鳳珠は立ち上がり、窓の外に視線を向ける。
先ほどの青年が馬に跨り、天功と言葉を交わして去って行く。
青年と一瞬だけ視線が交わるが嫌そうな顔をして逸らされた。
「逃げてばかりはいられないな」
鳳珠は一つの決意を胸に立ち上がり、部屋を出た。