水の神女と王印を持つ者~婚約破談のために旅に出た幼女は出会った美麗の青年に可愛がられてます~
「おや、琳鳳じゃないか」
人通りの多い道を歩いていると背中越しに声が掛けられる。
その声に振り向くと中年の夫婦が荷物を抱えて立っていた。
「元気そうだな。今回は国境付近まで行って来たのだろう? どうだった?」
鳳に親し気に話し掛けて夫婦は鳳の店の近所に住む商人だった。
会話から商売で長らく家を空けていた事が分かる。
「水が安い! これに尽きる」
「この辺りの井戸はほとんど海水にやられてるからねぇ。大きくて綺麗な川がある地域なんか水の使い放題で羨ましかったよ」
「浴びるほど飲んで来たぞ」
「本当に浴びて来たけどね」
「そうか……やはり高いか、ここは」
夫婦の明るい声とは対称的に鳳の声音は少し暗い。
その表情にもわずかに影が差している。
この辺りは水が高いのだろうか?
会話を聞けば他の地域に比べて水の値段が高い事が分かる。
しかし鳳の家では毎日お風呂を焚くし、喉が渇けば水やお茶を出してくれる。
料理や洗濯でも水を大胆に使用しているように感じた。
水の値段が高価ならば、もう少し節約したりするのではないだろうか?
この夫婦が少し大袈裟に語っているのか、鳳宅では水の値段をあまり気にしていないのか、どちらだろう?
「ところで鳳」
蒼子が思考していると夫婦が話を区切る。
近況報告をし終えた夫婦の視線が蒼子に注がれている事に気付いた。
「お前、いつの間に結婚したんだ? しかもこんなに可愛い女の子まで! 相手は誰だ?」
「本当に! お名前は?」
夫婦はニコニコと蒼子の顔を覗き込んでくる。
「蒼子です」
「蒼子ちゃんって言うの!」
「やっぱり女の子は可愛いなぁ。うちの娘もこんな時があったんだよなぁ」
「懐かしいわねぇ……もうお嫁に行っちゃったけど」
蒼子を鳳の隠し子だと勘違いしたまま夫婦は楽しそうに会話をしている。
見て娘の子供時代を懐かしむ夫婦はとても幸せそうだ。
夫婦から人としての温かみが感じられる。
そして家にいない娘の幸せを願っている夫婦は優しい父母であるに違いない。
「言っておくが私の子ではないぞ」
幸せそうに顔を緩める夫婦に鳳が言った。
「何だ、違うのか? じゃあ誰の子だ?」
「椋君?柊君?」
「どちらでもない。蒼子は知り合いから預かっているんだ」
「そうなのかい?」
問い掛けられて蒼子は頷く。
「そうだったのかい。家族と離れてかい?お利巧さんだねぇ。そうだ! 後で李を持って行ってあげるよ。李は好きかい?」
優しい手つきで蒼子の頭を撫でて言う。
「李好き」
「沢山あるからね! とっても甘くて美味しいから楽しみにしててね」
「おい、鳳。攫われないようにしっかり見てるんだぞ!」
「蒼子ちゃん、お兄ちゃん達の言う事よく聞くんだよ。知らない人について行っちゃダメよ」
そう言うと手を振りながら夫婦は人混みに消えて行く。
「お前は誰に似た?」
「さあ?でも、お母さんに似てるって言われた事はないかなぁ」
思い返してみても父親に似てると言われる事は度々あったが母親に似ていると言われた覚えはない。
けれど人が言うほど父親に似ているとも思わない。
蒼子の答えに鳳は意外そうな表情をする。
「貴方は?」
「私か?」
「うん。でもその綺麗な顔はお母様譲りかしら?」
鳳は整った顔立ちをしている。
ただ整った顔の男ならその辺にもいるが鳳は整っている上に、中性的な美しさを備えている。
男特有のむさ苦しい感じがないんだよなぁ。
「あぁ。顔は恐らく母親に似たのだろう」
「中身は?」
「さぁ。分からないな」
「そう言えば、親とは離れて暮らしているの?」
今更だが男三人で同居しているというのも珍しい。
みなの両親や家族はどうしているのだろうか?
「椋と柊の家族は健在だ。私の家族は……母は死んだが他はまぁ、元気だろう」
「そう……。家には帰らないの?」
「あぁ。母以外はとりわけ仲が良い訳でもないしな。家を出たのも色んな事が煩わしくなったからだ」
男三人での生活に違和感を覚えて、興味本位で訊ねてしまったがどうやら訳ありのようだ。
家族については深く追求しない方が無難だろう。
どうせ私はもうすぐここから離れるんだし。
他人の家庭問題に首を突っ込むべきじゃない。
「柊さんと椋さんとは長い付き合いなの?」
蒼子は質問の方向性を変えた。
「子供の時から知っている。出掛けた先で知り合ったのだが、驚いた事に二人とも私の家の近くで働いていた。親しくなったのはそれからだな」
二人は鳳を様付けで呼ぶ。
鳳と二人の間にあるのは主従関係だ。
今の鳳の言葉を聞けば二人を友人のように思っているのが伝わる。
親しくなったからって従者にする?
鳳は恐らく、親しくなった者を従者に出来るような身分を持つ人間なのだ。
“母以外とりわけ仲が良い訳じゃない”
先程の鳳の言葉が頭をよぎる。
妾の子供か?
それなりの身分を持つ男の子供、母が正妻じゃないのであれば、他の兄弟や家族との不仲も理解出来るし、家出の理由も分かる。
「元々はどこに住んでたの?」
「さてな」
「は?」
「もう忘れた」
「……あっそ」
これ以上聞くなと暗に言われているようで蒼子はこれ以上追及しない事にした。
人通りの多い道を歩いていると背中越しに声が掛けられる。
その声に振り向くと中年の夫婦が荷物を抱えて立っていた。
「元気そうだな。今回は国境付近まで行って来たのだろう? どうだった?」
鳳に親し気に話し掛けて夫婦は鳳の店の近所に住む商人だった。
会話から商売で長らく家を空けていた事が分かる。
「水が安い! これに尽きる」
「この辺りの井戸はほとんど海水にやられてるからねぇ。大きくて綺麗な川がある地域なんか水の使い放題で羨ましかったよ」
「浴びるほど飲んで来たぞ」
「本当に浴びて来たけどね」
「そうか……やはり高いか、ここは」
夫婦の明るい声とは対称的に鳳の声音は少し暗い。
その表情にもわずかに影が差している。
この辺りは水が高いのだろうか?
会話を聞けば他の地域に比べて水の値段が高い事が分かる。
しかし鳳の家では毎日お風呂を焚くし、喉が渇けば水やお茶を出してくれる。
料理や洗濯でも水を大胆に使用しているように感じた。
水の値段が高価ならば、もう少し節約したりするのではないだろうか?
この夫婦が少し大袈裟に語っているのか、鳳宅では水の値段をあまり気にしていないのか、どちらだろう?
「ところで鳳」
蒼子が思考していると夫婦が話を区切る。
近況報告をし終えた夫婦の視線が蒼子に注がれている事に気付いた。
「お前、いつの間に結婚したんだ? しかもこんなに可愛い女の子まで! 相手は誰だ?」
「本当に! お名前は?」
夫婦はニコニコと蒼子の顔を覗き込んでくる。
「蒼子です」
「蒼子ちゃんって言うの!」
「やっぱり女の子は可愛いなぁ。うちの娘もこんな時があったんだよなぁ」
「懐かしいわねぇ……もうお嫁に行っちゃったけど」
蒼子を鳳の隠し子だと勘違いしたまま夫婦は楽しそうに会話をしている。
見て娘の子供時代を懐かしむ夫婦はとても幸せそうだ。
夫婦から人としての温かみが感じられる。
そして家にいない娘の幸せを願っている夫婦は優しい父母であるに違いない。
「言っておくが私の子ではないぞ」
幸せそうに顔を緩める夫婦に鳳が言った。
「何だ、違うのか? じゃあ誰の子だ?」
「椋君?柊君?」
「どちらでもない。蒼子は知り合いから預かっているんだ」
「そうなのかい?」
問い掛けられて蒼子は頷く。
「そうだったのかい。家族と離れてかい?お利巧さんだねぇ。そうだ! 後で李を持って行ってあげるよ。李は好きかい?」
優しい手つきで蒼子の頭を撫でて言う。
「李好き」
「沢山あるからね! とっても甘くて美味しいから楽しみにしててね」
「おい、鳳。攫われないようにしっかり見てるんだぞ!」
「蒼子ちゃん、お兄ちゃん達の言う事よく聞くんだよ。知らない人について行っちゃダメよ」
そう言うと手を振りながら夫婦は人混みに消えて行く。
「お前は誰に似た?」
「さあ?でも、お母さんに似てるって言われた事はないかなぁ」
思い返してみても父親に似てると言われる事は度々あったが母親に似ていると言われた覚えはない。
けれど人が言うほど父親に似ているとも思わない。
蒼子の答えに鳳は意外そうな表情をする。
「貴方は?」
「私か?」
「うん。でもその綺麗な顔はお母様譲りかしら?」
鳳は整った顔立ちをしている。
ただ整った顔の男ならその辺にもいるが鳳は整っている上に、中性的な美しさを備えている。
男特有のむさ苦しい感じがないんだよなぁ。
「あぁ。顔は恐らく母親に似たのだろう」
「中身は?」
「さぁ。分からないな」
「そう言えば、親とは離れて暮らしているの?」
今更だが男三人で同居しているというのも珍しい。
みなの両親や家族はどうしているのだろうか?
「椋と柊の家族は健在だ。私の家族は……母は死んだが他はまぁ、元気だろう」
「そう……。家には帰らないの?」
「あぁ。母以外はとりわけ仲が良い訳でもないしな。家を出たのも色んな事が煩わしくなったからだ」
男三人での生活に違和感を覚えて、興味本位で訊ねてしまったがどうやら訳ありのようだ。
家族については深く追求しない方が無難だろう。
どうせ私はもうすぐここから離れるんだし。
他人の家庭問題に首を突っ込むべきじゃない。
「柊さんと椋さんとは長い付き合いなの?」
蒼子は質問の方向性を変えた。
「子供の時から知っている。出掛けた先で知り合ったのだが、驚いた事に二人とも私の家の近くで働いていた。親しくなったのはそれからだな」
二人は鳳を様付けで呼ぶ。
鳳と二人の間にあるのは主従関係だ。
今の鳳の言葉を聞けば二人を友人のように思っているのが伝わる。
親しくなったからって従者にする?
鳳は恐らく、親しくなった者を従者に出来るような身分を持つ人間なのだ。
“母以外とりわけ仲が良い訳じゃない”
先程の鳳の言葉が頭をよぎる。
妾の子供か?
それなりの身分を持つ男の子供、母が正妻じゃないのであれば、他の兄弟や家族との不仲も理解出来るし、家出の理由も分かる。
「元々はどこに住んでたの?」
「さてな」
「は?」
「もう忘れた」
「……あっそ」
これ以上聞くなと暗に言われているようで蒼子はこれ以上追及しない事にした。