魅惑な副操縦士の固執求愛に抗えない
でも誰かに追及されない限り、彼は自分の本心を認めないだろう。
それができるのは私だけのはず……。


「っ……」


私は突き動かされる気分で、バッグを引っ掴んだ。


「あ、椎名さんっ」


今野さんが驚いた顔をして、椅子から降りる。
私は一歩進んで足を止め、彼女を振り返った。


「お話聞かせてくれて、ありがとうございました」


ソワソワと目を泳がせてお礼を言う私に、今野さんがふっと目尻を下げる。


「私が言ったって知ったら怒るかもしれないけど……真偽はともかく、神凪君が『俺の彼女』って言ったのは、あなたが初めてなのよ」

「は……」

「百パーセント、自分で女の子を口説くのも」


訳知り顔で微笑む彼女に、私は一瞬戸惑った。
彼女の横で、水無瀬さんがきょとんとした顔をする。


「え? 彼女……?」


私と今野さんを交互に見遣って、当惑気味に声を尻すぼみにする。
窓の向こうでは、787が最終離陸態勢に入っていた。
一度ピタリと静止した後、フルスロットルで走り出す。
グングン加速度を増し、スッと機首を上げて、まるで天の糸に導かれるように空に飛び立つシップを、最後まで見送って――。


私は二人に深く頭を下げ、弾かれたように床を蹴った。
そのまま振り返らずに、ラウンジから駆け出した。
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