魅惑な副操縦士の固執求愛に抗えない
俺はキャビンに向けてベルト着用サインを出した。


「You have」


そのタイミングで、機長席に座る音羽(おとわ)さんが、俺に着陸の操縦桿を預けてくれた。


「I have」


俺は頷いて答え、ランディングギアレバーに手を置いた。


「Gear down」


レバーを下げると、機体の下でゴゴッと音がした。
メインギアが正常に下りたことを、レバー上部に点灯したランプで確認して――。


「…………」


俺は無意識に唇を曲げた。
久遠さんとフライト前にハンガーに呼ばれ、整備したてのメインギアの昇降具合を確認したのは、つい四日前だ。
あれから別便でもギア操作をする度に、いつも椎名の顔が脳裏をよぎる。
彼女に言われた『関係ない』という言葉が、俺の胸にずっと巣食っている。
馴染みのないチクチクとした痛みが、燻ったままだ。


「っ……」


今もまたズキッと痛む胸を気にして、ごくりと喉を鳴らしたのを、機長に拾われたようだ。


「どうした、神凪君」


わずかに眉根を寄せて視線を流してくるのに気付き、俺は一度頭をブルッと振った。


「いえ。すみません」


いけない。
もうまもなく着陸なのに。
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