先生と私の三ヶ月
「先生、聞いていますか?」
 スマホ越しの黒田の声が心配そうに響いた。

「なんか電波が悪いみたいだ。急に聞こえなくなった。全く聞こえんな。もしもし、もしもし」
「先生、いつもの聞こえないふりじゃないですよね?」
「黒田、何も聞こえないから切るぞ」
「先生、今さら、小説が書けないとかはなしですよ! 先生の為にここまで私がお膳立てした事を忘れないで下さいよ。先生の新作が頂けなかったら、私、編集部から異動ですからね。私がいなくなって困るのは先生ですよ。先生と私は運命共同体ですからね。先生、そこを忘れないで……」

 ブチッと通話を切った。
 いつもの黒田の小言が耳に痛い。

 全く黒田のやつはうるさい。
 俺だってこれ以上、小説が書けなかったら干される事はわかっている。
 ベストセラー作家だろうが書けない小説家は捨てられる。

 集学館は黒田を異動させた後、俺との関係も切るつもりだろう。俺より面白い物が書ける手間のかからない新人は沢山いるわけだからな。

 集学館がいなくなれば、他の出版社だって、俺を見限る。
 そうなったら小説家としてピンチだ。黒田の言う通り、俺たちは運命共同体。

 そろそろ本気でガリ子を口説かなければ。いつまでもひなこを引きずっている訳にはいかないんだ。

 ひなこ……。
 すまない。こんな事までしても小説が書きたい俺を許してくれ。
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