先生と私の三ヶ月
 先生が私の前で立ち止まり、驚いたように二度、瞬きをした。

「帰るなという事か?」
 先生の質問に全力で首を振った。

「いえ、そういう訳では」
「だったらその手をどかせ。前に進めない」
「でも、あの、どかしたら先生との距離が近くなります。近くなったら先生に何かされそうで」
「はあ?」
 先生が両眉を上げる。
「帰るふりをして、ガリ子を襲うとでも思っているのか?」
「だって……」

 先生が短く息をつき、不機嫌そうな顔をする。
 もしかして私、物凄く失礼な事を言っている? 先生を怒らせた? 私の事、嫌いになった?

「そんな顔するな。何もしないから」
「本当に?」
「ああ。帰るだけだ」
 そうだよね。帰るだけだよね。先生を信じなきゃ。
 つき出した両手をゆっくり下ろした。

「信じてくれてありがとう」
 先生が私の脇を通り過ぎてドアの方に行く……と思ったら、すれ違う瞬間、私の腕を掴み抱きしめられた。目の前にはワイシャツ越しの硬い胸板。先生の甘いコロンの匂いが誘惑するように私を包む。その状況に心臓が激しく飛び跳ね、頭の中は真っ白。許容範囲を超えた事態にどうしたらいいのかわからなくなる。
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