先生と私の三ヶ月
「どうして?」
 掠れた低い声が胸を突く。

 こちらに向ける先生の視線はさっきよりも熱を帯びている。そんな風に見つめないで欲しい。喉の奥まで込み上がって来た好きだという言葉を飲み込むのに必死なんだから。

「私は結婚しているんですよ。夫がいるんですよ」
「お前ってやつは本当にクソ真面目な奴だな」
「だってそれだけが私の取り柄なんだもの。父と母に人様に迷惑をかけないように真面目に生きなさいって言われて育ったんだもの」そう反論をした瞬間、我慢していた涙が零れた。

「お前ってやつは本当に……いじらし過ぎるだろ」
 先生が頬に流れる涙を親指で拭う。それから強く私を抱きしめた。まるで先生の小説を読んでいるみたいにドキドキする。今感じている切なくて苦しいこの気持ちも先生の小説を読んでいる時のよう。

「ガリ子、お前が愛しいよ」
 甘い言葉が悲しい言葉に聞こえる。先生からそんな言葉聞きたくない。もっと私をいじめて、雑に扱って欲しい。じゃないと先生から離れられなくなる。

 先生が私の顎を掴み、顔を上に向けさせた。熱い視線が絡み、どちらからともなく顔が近づき、目を閉じた。――結婚しているのに先生とキスなんてダメ。こんな事ダメ。そう思うけど、抗えない。ああ、どうしよう。やっぱりダメ。そう思った時、唇ではなく、頬に柔らかな唇の感触を感じた。
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