先生と私の三ヶ月
「まだ怒っているか?」
 先生に聞かれて、いいえと頭を振った。
 不思議と昨日の激しい怒りは収まっていた。先生の話に納得したのもあるけど、それ以上の事が昨夜あったような……。ダメだ、思い出せない。

「怒ってません。でも、昨夜の事はあまり覚えていなくて」
「そうか。覚えていないのか。ガリ子、かなり酔っていたからな」
「実は夕方からずっとバーでお酒を飲んでいて、タクシーで帰って来た所までは覚えているのですが」
「お前が一人でバーに入るなんて、相当、頭に来てたんだな」
 明るい声で先生が笑った。
 先生が笑ってくれて良かった。これって普通に考えたらお使いの途中でバーに入って、それで酔っ払って帰ってくるなんてアシスタントとしてダメだよね。いや、人としてもこんな不真面目な事、ダメだ。

「本当にすみませんでした!」
 深く頭を下げると、先生が大丈夫だからと言ってくれた。先生は優しすぎる。

「あの、先生、私、黒田さんから預かったものはちゃんとお渡し出来たでしょうか?」
「ちゃんと受け取ったから心配するな」
 目が合うと先生が優しく微笑んで、私の頬にチュッと短いキスをした。頬に触れた唇の感触が昨夜の甘く切ない夢を思い出させる。

――先生、ダメです。やっぱり私は9月30日に帰らないと。

――俺のそばにいろ。

――ダメです。これ以上は進めません。先生の事が大好きだから、不倫みたいな事はしたくないんです。

――泣くな。わかったから。今だけは夢だ。夢の中ならいいだろう。お前が好きなんだ。

 そう先生に言われて、唇が重なった。
 先生は私に好きだと言いながら何度もキスをしてくれた。

 思い出すだけで顔が熱い。胸がドキドキする。

 でも、夢だと思っていたけど、現実にあった事のような気もして来た。

 まさか、ね?

 先生に視線を向けると、「おやすみ」と言って、キッチンを出て行った。
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