先生と私の三ヶ月
 ホームから電車が走り去った後に聞こえてきたのは、うるさい程のセミの鳴き声だった。外から飛んで来た何匹かのセミがどこかで鳴いているようだった。ベンチに座りながら、胸が締め付けられるような気持ちで、セミの声を聞いていた。

 どこかに行かなければいけないと思うけど、アスファルトに地面がくっついてしまったかのようにさっきから足が動かない。

 マンションから全力で駅まで逃げて来たのはいいけど、行き先がわからず、何本も電車を見送っている。

 小学生の頃を思い出した。
 月曜日の朝、家を出たはいいけど、学校に行きたくなくて、公園で時間を潰していた。
 その時も暑い公園でセミの声を聞いていた気がする。

 大人になったら自由になれると思っていたのに、私は何一つ変わっていない。

 いつも誰かの顔色を見て来た。
 みんなを不機嫌にさせない事ばかりを考えて行動して来た。
 いい子でいなきゃいけないと思って来た。

 結婚してからも、いい奥さんでいようと思った。
 純ちゃんに好きな人がいても見ないようにして来た。

 だけど――。

 こんなのってあんまりだ。
 いくら夫婦だからって、私の意志を無視して体をつなぐなんて。

 もう先生に会えない。
 純ちゃんに抱かれた私じゃ会えない。

 先生を好きになる前はそんな事思わなかったのに。

 スマホが鳴った。
 ディスプレイに先生の名前が表示されている。
 昨夜帰って来なかったから心配しているのかも。

 電話に出たい。

 横浜の先生の家に帰りたい。

 でも、今は先生と向き合えない。

 胸が苦しい。

 握りしめたスマホにポタポタと涙が落ちた。
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