先生と私の三ヶ月
 ガリ子の住むマンションは中野区の北側の地域に位置していた。近くには公園や小学校がある静かな住宅街で住みやすそうだった。

 コインパーキングに車を入れ、外に出るとセミの鳴き声がした。なぜかその鳴き声がガリ子の悲鳴のように聞こえて、胸が締め付けられた。

 額に薄く浮かぶ汗を拭い、ガリ子のマンション前に立った。
 5階建ての新しそうなマンションだ。共有の玄関はオートロックで、インターホンの前で部屋番号を押すが応答はない。居留守かもしれないと思い、三度同じ番号を押した。

「何でしょう?」
 三度目でようやく不機嫌そうな男の声がした。
 おそらくパリで会ったガリ子の旦那だ。

「奥様はご在宅ですか?」
「ええ。いますよ」
「出してもらえませんか」
「どうしてですか」
「無断で仕事を休んでいるんです。休んだ理由を聞きに来ました」
「クビにしてもらって結構ですから。じゃあ」
 インターホンが切れた。
 なんて旦那だ。勝手な事ばかり言いやがって。
 もしや、ガリ子は旦那に監禁されているのか? だから帰って来ないのか?
 
 パリで強引にガリ子を襲おうとした男だ。それぐらいやるかも。連絡がつかないのはスマホを取り上げられているからかもしれない。

 居ても立っても居られなくなった。
 もう一度インターホンを押した。

「なんですか?」
 面倒くさそうに旦那が出た。
「今、警察を呼びました。奥様を監禁していますよね」
「はあ? 何言ってるんですか」
「違うというなら部屋を見せて下さい。通報は間違えだったと連絡しますから。早くしないと警察が来ますよ」
「どうぞ」
 うんざりしたような返事の後、目の前の自動ドアが開いた。
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