先生と私の三ヶ月
※※※

 芳ばしいコーヒーの香りに包まれた品川のホテルのコーヒーラウンジで、一人、純ちゃんを待っていた。

 控えめに流れるゆったりとしたジャズが気持ちを落ち着かせてくれる。
 この場所に来たのは二度目だった。一度目に来た時と同じ窓際のテーブル席に座り、湯気が立ち上るコーヒーを口にした。
 普段はミルクを入れて飲むが今日はブラックだ。口の中に広がる苦味が私を奮い立たせる。

 昨日の朝は自分の進むべき道がわからなくて混乱していたけど、今はハッキリとどうするべきかわかる。

 教えてくれたのは胸に刻まれた先生の言葉だった。

 ――思った事は口にしろ。気持ちを押し込めているよりはずっといい。

 アシスタントになったばかりの時に先生が言ってくれた言葉だった。人の顔色ばかり見ていた私にとって安心感をくれた言葉だった。

 一番私が気持ちを押し込めていた相手は純ちゃんだった。純ちゃんには言いたい事が言えず、我慢をして来た。いい奥さんでいる為には母のように我慢をしなきゃいけないと思っていた。だから怒りを我慢して来た。

 本当は純ちゃんに好きな人がいるとわかったあの夜から、純ちゃんに怒りを感じている。純ちゃんの顔を見る度にあの電話がちらついて仕方なかった。どうして私と結婚しているのに、私以外の人に愛しているなんて言うの? 私は一体、あなたのなんなの? そう問い詰めたかった。
 だけど、純ちゃんと向き合うのが怖くて、自分の気持ちから逃げて来た。

 もう逃げない。

 これ以上、純ちゃんに傷つけられてたまるものか。
 私はちゃんと自分を守る。
 
 午後3時。
 そろそろ純ちゃんが来る頃だ。
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