先生と私の三ヶ月
入口を見るとウェイターに案内される純ちゃんが見えた。
 明るいグレーのスーツを着ている。純ちゃんが一番素敵に見えるスーツだと前に言った事があったけど、覚えていたんだろうか。

「今日子」
 私の顔を見ると戸惑ったように口にし、純ちゃんは向かい側に座った。

「喪服のままなんだな」
 純ちゃんが気まずそうな笑みを浮かべた。
 よく見ると左頬が少し腫れていた。どうしたんだろう?

「純ちゃん、来てくれてありがとう。この場所、覚えている?」
 純ちゃんがハッとしたように明るい店内を見回した。

「えーと、初めてデートした場所とか?」
 純ちゃんの言葉に落胆した。
 私はしっかりと覚えているのに、純ちゃんは私たちの最初の出会いを覚えていない。

「デートじゃないよ。お見合いで会った場所」
 ああと、純ちゃんが頷いた。

「ごめん。ほら、品川でデートした事もあったから、記憶が混ざってさ。それに僕の場合、仕事関係の人とも来るからさ」
 言い訳にしか聞こえない。純ちゃんにとって私とのお見合いはそんなに印象がなかったんだ。無理もないか。私と出会った時に純ちゃんにはもう、《《あの人》》が心にいたんだから。

「そうね。初めてのデートも品川だったから、記憶混ざるよね」
 ほっとしたように純ちゃんが微笑んだ。それから純ちゃんがコーヒーを注文し、コーヒーが来たタイミングで私は鞄から取り出した用紙を純ちゃんの前に広げた。

「これは?」
 驚いたように純ちゃんが半分、記入済みの離婚届に視線を落とす。

「私と離婚して下さい」
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