先生と私の三ヶ月
 私がここまでハッキリ言い返すと思っていなかったのか、純ちゃんは黙ってしまった。黙り込んでいる純ちゃんが小さな人に見えた。

「結婚している方が仕事に有利だから私といるんでしょ? 前に純ちゃん言っていたよね。独身でいるよりも結婚している方が出世できるって。それが本音なんでしょ? 私と夫婦でいようとするのは仕事の為でしょ?」

 違うって言って欲しい。少しでも愛情があったと言って欲しい。
 祈るように純ちゃんを見ると、ネクタイを緩めて、浅く息をついた。

「面倒くさい女だな」
 純ちゃんが開き直ったように急に横柄な態度をとった。

「そうだよ。今日子といるのは都合がいいからだ。他に理由はないよ。今日子はくそ真面目で重いんだよ。可愛げもないし、全然僕のタイプじゃない。料理だけは美味かったけどな」
「都合がいいから、無理矢理私を抱いたの?」
「そうだ。抱けば今日子が僕から離れられなくなると思った。今の上司が独身よりも既婚者を優遇するタイプだったしな」

 なんて勝手な人なの!
 思わず手を振り上げた。

「殴れよ」
 純ちゃんが真っすぐ私を見た。
 思いっきり純ちゃんの頬を平手でぶった。

 バチンっ!
 渇いた音が響いた。

「痛っ。本当に殴るんだな」
 頬を押さえながら、純ちゃんが苦笑いを浮かべた。

「まさか一日二度、殴られるとはな」
 自嘲的な笑みを浮かべ、純ちゃんは上着からペンを取り出した。

「やっぱりお前みたいな面倒な女とは一緒にいたくないや。やっと今日子と離婚ができる。せいせいするよ」
 サラサラと純ちゃんが離婚届を書き始めた。

「これでいいだろう」
 書き終わると純ちゃんが席を立ち店を出て行った。
 記入済みの離婚届を見て胸が張り裂けそうになった。

 私たちの結婚生活は最初から愛情がなかった。そんな事にも気づかず純ちゃんにしがみついていた自分が情けない。
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