先生と私の三ヶ月
「江の島の方にも行ってみるか?」
 先生が江の島のある方角を見た。
 海の上に浮かぶ小島が見える。

「モンサンミッシェルを思い出しますね」
「そうだな。少し似ているな」
 先生が静かに笑った。

「今思うと大冒険でした。一人でモンサンミッシェルまで行けるとは思いませんでしたよ」
「ガリ子は何でもできるよ」
「本当にそうでしょうか?」
「ああ。ガリ子は自分で思っているよりもしっかりしている。世界中どこに行ったってやっていける逞しさがある」
「先生はいつも私を勇気づける事を言ってくれるんですね」
「俺は思った事を言っているだけだ」
「そういえば先生、二十代の時、世界中を旅したって言ってましたね」
「離婚した直後に一年ぐらい放浪していたんだよ。日本にいるのが辛くてな」
 海を見つめる先生の横顔が悲しそうに見えた。

「元奥様が先生の初恋でしたよね」
 桜木町のバーに連れて行ってくれた時、先生がそう言っていた。

「ああ。初恋だった。10歳の時に出会ってから23歳で離婚するまでずっと彼女だけを見ていたよ」
 先生が短く息をついた。

「先生の最初の小説のヒロインも10歳で出会った人を大人になってからも一途に思っていましたね。もしかしてヒロインの想いは先生の想いですか?」
「バレたか」
 先生がクスッと笑った。

「最初の小説は彼女を想って書いた。あんな風に彼女に愛されたいという願望も入っていたけどな。俺はずっと彼女に、ひなこに片思いをしていた。愛されていないとわかっていても結婚するぐらい好きだった。他の男が好きでもいいと思った。しかし、最後は他の男が好きな彼女が許せなくなった。だから別れた」

 先生の言葉からはひなこさんを好きだって気持ちが伝わってくる。離婚したあともきっと先生はひなこさんを愛して来たんだ。
 先生に愛され続けるひなこさんがうらやましい。

「しかし、人の縁というのは不思議だな」
 海を見つめていた先生がこっちに視線を向けた。
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