先生と私の三ヶ月
 なんか先生、表情が険しい。
 もしかして具合が悪いの?

 先生の額にそっと触れてみる。
 うん。熱はない。

「ひなこ、どこにも行くな。ひなこ。ダメだ。行くな」
 さらに苦しそうに先生は眉を寄せた。
 眉間に深い皺が刻まれる。

「先生、しっかりして下さい」
 先生の肩を叩くが、起きる気配はない。どんどん先生の表情が苦しそうに歪んでいく。本当に辛そう。何とかしないと。

「先生、先生」
「助けて。ひなこ、ひなこ」
 誰かを求めるように先生の手が伸びた。

「ひなこ、どこだ。ひなこ」
 ひなこって人を探しているんだ。
 先生の手、掴んであげた方がきっと落ち着くよね。

 そっと先生の大きな右手を掴んだ。その瞬間、いきなり先生の胸の上に抱き寄せられた。

「せ、先生……!」
 ムスク系のコロンの香りと、背中に回った先生の腕に心臓が慌ただしく鳴り出す。

 純ちゃん以外の男の人に抱きしめられたのは初めて。
 ど、どうしよう。早く抜け出さなきゃ。
 
 抜け出そうとしても、先生の腕はびくともしない。
 ああ、どうしたらいいの。どうしたら……。

「ひなこ。ひなこ」
 先生の表情がさっきとは違い穏やかなものになる。
 私をひなこって人だと思っているんだ。違うのに。
 
「先生、葉月です。起きて下さい」
 肩を大きく揺らすと先生の二重瞼がゆっくりと開いた。 

 至近距離で見る先生の顔はやっぱり綺麗で、思わず息を飲んでしまう。

 先生は抱きしめたままの私に視線を向け、優しく微笑んだ。先生の甘い表情、初めて見た。いつもはどちらかというと不愛想な先生だったから、ギャップがあり過ぎる。それだけでもびっくりする事なのに、先生は信じられない事を口走った。

「好きだ」
 胸の奥まで響く優しい声だった。 
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