先生と私の三ヶ月
 花瓶にひまわりを生けた後も上原は病室にいて、俺の小説の話をしてくる。自分の作品の事を話されると無視はできず、仕方なく聞かれた事には最低限答えていた。話しながら、そういう受け取り方もあるのかと思わせる事もあり、興味深い話ではあった。気づくと一時間近く、上原と話していた。

「ところで先生、新作の小説、私も拝読させて頂きましたが」
 上原が表情を曇らせた。

「葉月さんは先生の小説のモデルになった事をご存じなのでしょうか?」
 それを聞かれると胸が痛む。

「小説のモデルにした事はこれから言う」
「言わない方がいいんじゃないでしょうか」
 心配そうな表情を上原が浮かべた。

「実は私も黒田さんが書いた恋愛小説の企画書を偶然読んでしまって。正直、小説の為に恋愛をするなんて酷いと思いました。部外者の私がそう思うんですから、葉月さんはかなり傷つくと思います」

 上原も酷いと思うのか。そうだよな。人の心を弄ぶようなこの企画に最初から乗るべきではなかった。

「私、葉月さんがとても心配なんです。それで一つ提案なのですが、葉月さんを元にして書いたこのヒロインは先生の空想の人物という事にする訳にはいきませんか? 先生がこれは完全な空想だと言ったら、そうできると思うんです。そしたら黒田さんの企画書はなかった事にできるのではないでしょうか」

 心臓が大きく脈打った。
 確かに、完全な空想だと俺が言えばそれで通るかもしれない。
 黒田の書いた企画書もなかった事にできるかもしれない。

「あの、失礼ですが、先生と葉月さんは恋愛関係にあるのでは? もしそうでしたら、葉月さん、小説の為に利用されたと思って先生の愛情を信じられなくなると思います。それで先生の所を出て行ってしまうかも。そうならない為にも、隠せる物は隠した方がいいと思うのですが」

 一番恐れている事を言われて胸が苦しくなる。

「だが、小説が世に出たら空想上のヒロインだと言っていても、本人は気づくのではないか? あまりにもヒロインは彼女に似過ぎている」
「でも、すぐに世に出る訳ではありません。発売まで時間がありますから、その間に葉月さんとの関係を揺らぎないものにすれば、気づかれたとしても先生の愛情を疑わないと思います」

 上原の話は一理ある。
 今日子との関係を揺らぎないものにすればいいのだ。そうすれば今日子は俺の事を信じてくれる。

 だったら、今はまだ本当の事を言わなくても……。

 しかし、それでいいのか?
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