先生と私の三ヶ月
 やばっ。こっそり見てた事、気づかれた。

「見惚れてなんていませんから! お昼、何かリクエストありますか?」
 キッチンから言い返した。
 なんか恥ずかしくて、ちょっと怒ったような言い方になってしまった。

「何でもいいよ。ガリ子の料理、美味いから」
 サラッと口にした先生の言葉がキュンっと胸に響く。
 美味いって言葉が嬉しい。

 口は悪いけど、いい所もあるんだよね。

「そうですか。じゃあ、オムライスと玉ねぎのコンソメスープはどうです?」
「うん。それでいい」
 先生が新聞から視線をこっちに向けた。
 思いがけず目が合って、心臓が飛び跳ねた。

 ガッシャ―ン!

 持っていたお皿が落ちて、床にお皿が砕け散った。

 やっちゃった。高そうなお皿なのに。先生に叱られる。

「す、すみません。本当にすみません」
 あたふたと、しゃがんで破片を拾い集めていると、チクッ。
 痛っ。右手人さし指に破片が刺さった。血がどんどん出てくる。

 血を見るのは苦手。
 気が遠くなる。

 止血しなきゃ。でも、お皿も片付けなきゃ。
 先生のお昼も……。

 一度にいろんな事をしようとして、頭の中がパニック。

「ガリ子、大丈夫か」
 おろおろしていると、先生に右手を掴まれた。

「指切ってるじゃないか。こっちこい」

 先生が右手を掴んだまま、シンクの所に私を連れて行き、真っ赤になっている人差し指を洗ってくれた。それから、キッチンの引き出しから輪ゴムを取り出すと第一関節の辺りに巻いた。おかげでどくどくと流れていた血が止まった。

「救急箱はえーと、ダイニングの引き出しにあったな」
「先生、ごめんなさい。お皿割っちゃった」
「バカ。皿よりピアニストの指の方が大事だ」
 え、ピアニスト……。
 先生、そんな風に私を見てくれているの?
「私、そんな大そうな者じゃありませんから」
「いいから、こっち来い」
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