先生と私の三ヶ月
 先生に支えられて、ダイニングに行った。距離が近い。ふと夜中に抱きしめられた事がよぎる。あ、こら、心臓。ドキドキするな。こんなの何でもないんだから。先生からいい匂いがするとか思っちゃダメ。

「どうかしたか?」
 先生の大きな目が不思議そうにこっちを向いた。

「な、何でもないです」
 ドキドキしているなんて絶対に知られたくない。いや、これはドキドキしているんじゃなくて、ただ緊張しているだけ。そう自分に言い聞かせて緩く息をついた。

「そうか。ここに座れ」
 ダイニングテーブルの椅子を引いて、先生が座らせてくれた。
 それから先生はサイドボードの扉から救急箱を取り出した。

「ちょっとしみるぞ」
 コットンに消毒液を付けて傷口にポンポンと優しく塗ってくれる。少しだけヒリヒリと滲みる。

「これでおしまい」
 先生が丁寧な動作で私の右人差し指に絆創膏を貼った。
 まさか先生に手当てをされるとは。

「なんだ?」
 じっと先生を見ていると大きな黒い目と合う。
 ちょっとだけ脈が速くなる。先生に見つめられるのは何だか苦手だ。

「あ、いえ。先生が傷の手当てをしてくれたのが意外で」
「人として当たり前だろう。目の前で怪我人が出たんだから」
「人として当たり前ですか……」
 純ちゃんは一緒にいる時に指を切ると、血を見るのは苦手だと言って逃げ出していたっけな。

「そんなに不安そうな顔をするな。深い傷じゃないから、傷跡は残らないぞ」
 先生は微笑むと、励ますように私の頭を二度撫でた。なんか子ども扱いされているみたいで、居心地悪い。

 でも、先生は純ちゃんより優しいかも。

 ……って、なんで純ちゃんと比べてるんだろう。純ちゃんだって優しいもん。血を見るのがちょっと苦手なだけで。

「痛いか?」
 小さく息をつくと、先生が心配そうに眉を寄せた。

「大丈夫です」
「そうか」
 さらに微笑んだ先生の顔が優しく見えて困る。
 優しくしないで欲しい。純ちゃんと比べてしまうから。

 逃げるように先生に背を向けてキッチンに行き、砕けたお皿を片付けた。先生はやらないでいいと言ったけど、片付けた。強情な奴だと笑われたのがちょっと恥ずかしかった。

 その後は先生の書斎を掃除した。そして優しいと思った事を後悔した。先生の部屋には小さな冷蔵庫があって、そこの掃除も頼まれた。開けてみると、この一週間、私がお使いで買って来た深夜のスイーツが並んでいた。その中には賞味期限が切れているものも何個かあった。

 食べずにしまってあるってどういう事?
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